ユニクロと選挙とコールセンター
「日刊チェンマイ新聞」の「これ、読んだ」という読書コラムで、最近読んだノンフィクションの収穫3冊「ユニクロと選挙とコールセンター」について書きました。
❶『ユニクロ潜入一年』横田増生、http://www.norththai.jp/ex_html/ma/views.php?id_view=7
❷『黙殺』畠山理仁、http://www.norththai.jp/ex_html/ma/views.php?id_view=8
❸『だから、居場所が欲しかった』水谷竹秀、http://www.norththai.jp/ex_html/ma/views.php?id_view=9
の3冊。共通項は、取材現場の様子がいきいき伝わってくること。ちょっとウラモノ。そして、いちばんに「」の台詞が生きていること。
📚付録
『黙殺』の畠山理仁さんをインタビューした週刊朝日の記事、
発売も終わりネットにupされたりしないので資料として転載。
部屋もの本❷ 柴崎友香『千の扉』と谷口ジローの自伝的な短編と
部屋もの本その❷
気づいたら“部屋もの”を好んで読んできた。「借りて住む」暮らしを描いた物語という意味だが、小説だと、『三の隣は五号室』長嶋有、『千の扉』『かわうそ堀怪談見習い』柴崎友香、『高架線』滝口悠生、『霧笛荘夜話』浅田次郎、あたり。
漫画だと、『椿荘101号室』ウラヤマトモコ、『ブリンスメゾン』池辺葵、『100万円の女たち』青野春秋。部屋ものが好きだという話をしていると、ひとからオススメいただいたのが『遠くにありて』近藤ようこ、とか、『大家さんと僕』矢部太郎、とか。
マンション、アパート、団地、大きな民家に間借りする。住居形態は異なるものの「賃りて住む」という点が共通している。ウラの母屋が大家さんの家だったり、顔見知りだったり、二世帯住宅の階下に大家さんが暮らしていたりするハナシが多い。
『千の扉』のカバーの絵(挿画は北澤平祐。装丁大久保伸子)がガチャガチャしていて好きなんだけど、なんかミョウ。楽しいわ落ち着くわとおもっていた。ふと、巻かれていたオビを外してみた。あら⁈ 急にソワソワ。え⁈ そうか、中央に描かれている卓袱台しか見てなかったみたいだ。しかし、卓袱台の安定力て、すごい。そういえば谷口ジローさんのマンガにも丸い卓袱台がでてくる。
“部屋もの”といえば、谷口ジローの自伝的な短編に「松華楼」(『凍土の旅人』に収録)がある。漫画家のアシスタントの青年が借りているのは、昔遊郭だった狭い一室で、天井に小さな窓があいている。そういえば、上京して、わたしが初めて借りたアパートの売り物が出窓と天窓だった。マンガの青年のように、ベッドに寝転がると小さな空が見えた。
青年の部屋の隣には、昔は旅回りの役者でいまはちんどん屋の夫婦が暮らしている。昼時に引き戸を全開にして、前を通りすぎようとすると二人で蕎麦をすすったりしていて、青年はお相伴にあずかっていた。
遊郭だった建物をアパートにしているといえば、大阪の阿倍野で知りたいが住んでいた部屋が松華楼のようなところだった。部屋があるだけ。六畳の間取りのところに本がいっぱいあった。壁のところに、まん丸に縁取られた障子紙があり、古風な家だなぁと関心したことを覚えている。遊郭が何なのかまだよく知らなかった。
マンガのそこに住む人たちは、ちんどん夫婦のほかに、無口な板前見習いだったり、ホステスだったり、母親と子供と祖母の一家がたりと様々。暮らしの活気とともに、猥雑さも漂う。まだ恋人未満らしき彼女を部屋に案内し、ずけずけとまわりの借家人たちのことを批評するのを、青年はひやひやしながら聞いている。
「どうだ? いっしょに住もうか?」と冗談めかして青年がいい、あっさりソデにされる。
ただ、それだけのことなのだが、各部屋に鍵がかかるドア形式の小部屋と、引き戸で入口が縁側を想わせる部屋があり、部屋が個室か、外から丸見えなのかによって、住居人の暮らしの印象がかなり違って見える。
片方は、かつては待ち合い室か何かで、女たちが客をとる部屋とは別のつくりにしていたのだろうか。戸が日中、開けっ広げになっているのとそうでないのと。ひとつの屋根の下なのに、そこに明暗がうかがえる描かれかたがなされている。
たまたま、あるとき時代を共にした人たちのスケッチのような生活風景が描かれているのだが、素描にしてはそこに濃い気配を感じるのは、作者の原点のようなものだからだろうか。
柴崎友香の『千の扉』(中央公論新社)は、部屋ものでも「団地もの」の部類にあたる。夫の祖父が入院中、留守宅で暮らすことになった「千歳(ちとせ)」という女性の目を中心にして描かれていく長編小説で、舞台は新宿区内にある三千戸の都営団地。モデルは「戸山ハイツ」みたいだ。
「前は、誰かいた気がする」
「誰かって、誰や。隣やのに」
「同級生でもなけりゃ、わかんないって。人んちのことなのか」
千歳は、祖父の団地の間取りが子供の頃に過ごした大阪の市営住宅に似ていたこともあり、二十年以上会ってない小学校の同級生が「ちーとーせーちゃん」と呼びにきた声を思い浮かべる。「誰かいた気がする」というのは千歳の夫の一俊(かずとし)で、鷹揚な夫の答えに千歳は笑い転げる。
そういえば、阪本順治監督が映画『団地』を撮ったときのロケ地は関東だが、阪本監督の生家の大阪の堺近辺の、子供の頃によく遊びにいった友達の団地がイメージとしてあったという。
面白いのは、映画の中で岸部一徳演じるダンナが失踪を装い、ご近所の人たちがやってくるとあわてて隠れ込む床下の収納庫の存在だ。
団地の一室に、そんな大人が隠れることのできる収納庫があったのか?
阪本監督は、ひとに話すたび「うそやろう」と人に言われたが、「あったんだって。遊びに行って、見たんだから」とインタビューしたときに語っていた。
団地の部屋の中にある、隠れ場所。一軒家なら屋根裏部屋とか納戸とかになるのだろうが、団地とあって収納庫となったわけだが、そもそも団地内の隣人がやってくるたび隠れるのがおかしかった。
ところで先の「誰かいた気がする」という会話だが、千歳と一俊が、向かいのひとり暮らしらしき老女について尋ねたことからはじまる会話の一部だ。
千歳は、隣家のドアの開閉時に微かに漂ってきた線香のにおいから、仏壇のある家だと想像する。そこで、夫に「隣の河合さんって、ずっと一人暮らし?」と訊いたわけだが、夫は興味を示さない。夫の祖父の生まれ年を聞いても、「誰が?」と答えるくらいズレた男だ。そういう無頓着さに彼女は安心したらしい。
ふたりは大恋愛で結びついたわけではない。交際期間は短く、あっという間に結婚した。それも、バツイチの夫からお茶しませんくらいのノリで言われて。
千歳さんもまた、まわりとちょっとリズムが違っている。小学生のときのエピソードが印象深い。父方の祖父が亡くなり、田舎の葬儀に行ったときのことだ。
きれいな布団に寝かされた祖父の顔にのせられた白い布を持ち上げ、肌の質感が気になったので指でつついてみた。それを親戚のひとに見咎められ、母親は親戚から叱責される。家に帰ってからも、葬儀の間の出来事を絵入りでノートに書きとめ、「おもしろかった」「楽しかった」と書いたそうだ。見つけた母親は注意するうちに、泣きだしたという。
そうした子供の頃のことを彼女はよく覚えている。以来、彼女は両親から、「何を考えているのかわからない子」として扱われてきたという。
《(中略)千歳は、学校でも同級生とうまく付き合えなかったり、不用意なことを言ってしまって女の子が泣き出したりしたこともあったので、自分は人として気持ちに欠けるところがある、それを表に出さないように気をつけなければ、と思ってきた。それなのに、この年齢になってまで同じようなことを繰り返してしまったと後悔した。》
それはごく最近になって。一俊の同級生の母親の葬儀が行われた、葬儀会館でのこと。千歳は義理の祖父から頼まれ、一俊には内緒で人捜しをしていたのだが、捜していた人物に似た男を見かけ、葬儀の場から抜け出してしまう。
気をとられると、まわりのことが視界から消えてしまうのだろう。それを彼女はすごく気にしている。夫はというと、実はあまり気にしていない。そんなだから一俊に惹かれたのだろう。
それで、どうだと発展する場面でもないのだが、団地を舞台にしたこの長編小説を読み終わって時間が過ぎると、こうしたささいな事件未満な話がフックになっている。
千歳が捜している男は、祖父と同じくらいの年齢で、高橋征彦(ゆきひこ)という。
ある日、千歳が団地のなかで一俊と話していると、視線の端っこで、ときどきベンチに腰かけているのを見かける老人の姿をとらえる。物語が始まってまもない60ページくらいのところのシーンだ。
直後、時間は千歳が目にした老人が若かった頃へ飛ぶ。
まだ団地は建設中で、彼は執行猶予中の身。中学を卒業するまでは、団地の近くに住んでいた。保護司と面会するまでの時間つぶしだったのだろう。ベンチから腰をあげると、高層棟から知っている男が出てきたのを見て、「おい」と声をかける。
男の同級生だった。
幸せな人生を歩んでいるのは一目でわかる身なりをしていた。
「なんだ、よっちゃんか」と返事がかえってきた。
「ゆきひこ」という童顔の彼には、まもなく子供が生まれるらしい。しばらく二人は近況を話し合うが、よっちゃんの耳には入っていかない。よっちゃんの脳裏に浮かぶのは、近くでやっていた戦時中の軍事教練の様子だ。
「よっちゃん」
「その呼び方はやめろよ」
「おれさ、一年生のとき、よっちゃんが」
とゆきひこが、話すくだりがすごくいい。
その日「ゆきひこ」は教室に入れず、もじもじとしていた。見知った顔がひとりもいなかったのだろう。よっちゃんが「おい」と声をかけ、名前を訊いた。ゆきひこが、そのときの話をきのうのことのように話して聞かせるが、
照れなのか「覚えてねえよ」よっちゃんは答える。
そういや読者であるわたしにも、よっちゃんみたいな友人がその都度いたことを思い出した。後半まで、わたしはこの場面に登場する「ゆきひこ」が「高橋征彦」とは気づかず、前後のつながりが不明確な、シーンが宙吊りになった印象がある。
散らばったジグソーパズルのワンピースのようになってつながって見えてくるのは、紙数も残りわずかとなってからだ。
『千の扉』は、主人公の千歳の千と、三千戸の巨大な団地の扉の数をかけあわせているのだろうか。扉によって隔てられた内側には、誰ともつかない、一人ひとりにとって大事な記憶が詰まっている。そんなことを語りかけてくる物語だ。
「誰」ともつかないということでいうと、谷口ジローの短編に出てくる、主人公が挨拶以上に言葉を交わすことのなかった、板前見習いの若者をはじめとする隣人たちにも通じる。
ところで、「描くひと 谷口ジローの世界」が、東京・恵比寿の日仏会館ギャラリーで行われている。12月22日(金曜)まで。
今年(2017年)2月になくなった漫画家の谷口ジローさんの本は、本棚にほぼ全作品が揃っている。二度インタビューでお会いしたけど、おだやかなひとで、「もっともっと絵がうまくなりたい」と話されていたのが記憶に残っている。じゅうぶんすぎるほどに絵のうまいひとだと思っていたから、すごく意外だった。
未完の遺作になった作品を収めた『いざなうもの』(小学館)の巻末に付された、谷口さんのメモには、こんなことが記されている。
「何度も、何度でも、本がボロボロになるまで読まれるマンガを描きたい。
あきることなく何度も開いて絵をたくなるマンガを描きたい。
それが私のたったひとつの小さな望み。」
谷口さんの日本での代表作は、『孤独のグルメ』だけど、フランスなどヨーロッパでの評価は『遥かなる町へ』などの散策もので、映画の小津監督に匹敵する人気だという。会場で流されていたフランス語のテレビ番組?のビデオ映像に登場し話しているフランス人たちは、小津の映画を語るようにして谷口ジローの絵の一コマ一コマについて語っていた。
ことばわがわからないのは残念だが、作品の舞台となった鳥取県の倉吉の情緒豊かな町並みを歩きながら、故郷について語る谷口さんの表情がとてもよかった。
会場の出口に本やポストカードが並べられ、そこに谷口さんの担当だった双葉社の佐藤さんがいた。
わたしが東京に出てきたきっかけになった本を担当していただいた、仕事はその一回きりだが、どこか鷹揚な雰囲気にあこがれた編集者だった。定年退職後は「悠々ではないが、自適」の暮らしだとか。10数年ぶりの再会だった。出かけていってよかった。
展示されている谷口さんの原画は、どれも美しく、白黒の灰色のぼやけた墨のスクリーントーンの上に、薄い暖色のぼかし?がかけられているものがあり、細部の工夫のこまやかさに驚かされた。なによりホワイトの修正がほぼ皆無の完成度の高さに、谷口さんを見た気がした。
(つづく)