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朝山実が、読んだ本のことなど

近藤ようこ『五色の舟』から…

 【わにわに書庫・マンガ】

 『五色の舟』 近藤ようこ・漫画

                 津原泰水・原作  KADOKAWA

 

  畳をバン!と叩いて、

 「ではもう死んだでいいではないですか! 私が弔います!」

  時代は戦争中の日本。腰のあたりで身体がくっついたまま生まれた双生児の少女がいた。妹だか姉だか知れないが、そのひとりが死んだ。のちに「お父さん」と呼ばれる男は、「それとも存在しなかった娘の葬式を出しますか!」と屋敷内に我が子を隠してきた両親に、そう言って迫った。残ったこの子を自分に売ってくれ。自分が育てるから、と。

 男はそうやって「家族」を集めていった。どこかナザレの大工と信徒を想わせるすべりだしだ。

 

五色の舟 (ビームコミックス)

 

  これは戦時中の旅の一座のハナシ。一姫二太郎の理想的な一家に見えるが、彼らに血縁関係はない。先ほどの娘は微妙に身体をナナメに傾け、話せない。両脚を切断した女形役者の「お父さん」をはじめ、全員何らかの障害を負っている。

  己の障害を見世物にして食っている。というと、良識的な読者は眉をしかめそうだが、近藤ようこのノホホンとしたタッチが、扇情感を抑えている。

  津原泰水の原作は未読で、ワタシは近藤ようこの作品として読んでみた。ちなみに近藤が、津原の作品を漫画にしたいと熱望して実現にいたったという。

  血縁のないものたちが擬似家族をつくるというので思い浮かぶのは、宮部みゆきの『理由』だ。畸形の結びつきということなら、手塚治虫の『どろろ』や松浦理英子の『親指Pの修業時代』が思い浮かぶ。

  あとがきで、津原泰水が、原作の短編には、もうひとつの題名があったと綴っている。手塚治虫の『W3(ワンダースリー)』をもじった「ワンダー5」で、「見世物一座の惨めさではなく、勇気凛々たる特別な五人を描いているのだという矜持があった」という。 

 津原がいうように、しゃべれなかったり、生まれつき腕がなかったり、背が伸びないなどしながらも、彼らは欠損をあるがままに受け入れ、狭い小舟で共同生活を営んでいる。それが違和感なく思えるのは、「戦時中」という事情があるのだろう。腕や脚を損傷した復員兵を路傍で見かけ、将来への不安が均等に国民を覆っていた時代である。

  もちろん「差別」は冒頭のように存在した。むずかしい解釈はともかく、その多くのが座敷牢に閉じ込められ「いないもの」とされていた中で、リヤカーに乗せられたお父さんを中心に、日傘で通りをゆく一家はほのかな希望を感じさせる。

  そういえば、タイにいったとき、市場で日本の演歌のようなものを歌いながら、妻だか妹だかを三輪車の前に乗せている、色黒の男がいた。間近に寄ってきて、ペタンと座っている女のひとに下肢がないことがわかった。圧倒されるうちに男たちは通りすぎていった。しばらくして再び演歌を耳にしたとき、財布を探った。迷いつつ国王の顔の紙幣を一枚、皿に置いたが、見るとコインが二枚きりだった。男も女も頭を下げるわけでもない。あるものが施すのは当然という国ならではのことらしい。

  話をもどすと、わざわざ「お父さん」たちを呼ぶのは、お屋敷に住む金持ちたちである。その昔にブルーフィルムを隠れて鑑賞した旦那衆のような猥雑さが漂うものの、不思議と全編を通して性のにおいは薄い。営みがないわけではない。あることはあるのだが、たとえば、お札らしきものを数える女性の背中でそういう行為があったと示すなど、描き方が巧いのだ。

  興味深いのは、双子の片割れの娘を見初めた旦那が「妾にしたい」と床に両手をつく場面である。「持参金も用意した」と。

  お父さんは、「どうかお許しを」と丁重に断る。旦那がひきとったあとで、子供たちに向けて、こういうのだ。

 「あの方が見ているのは幻だ。私たちをまるごと買い取らないかぎり、小屋のなかでの幻は手に入らないよ。それをあの方はご存知ない」

  そう語る〆のコマがこれまたすごい! 舟を屋根のように覆う、つぎはぎの布越しに、トーテンポールのように五人が合体した影が映し出されている。

  それからいろいろあって、ハナシは原爆が落とされ消滅したこの世ではなく、「産業奨励館」が現存する広島を描いていったりするのだが、「あちら」にいて「こちら」を思う彼らをどう解釈するか。三度、四回と読み、ワタシは解釈で揺れてしまう。過ぎた日に再読すれば、思うこともまたちがうのだろう。

 

 










インタビューライター・朝山実 近著 『父の戒名をつけてみました』(中央公論新社) 『アフター・ザ・レッド 連合赤軍兵士たちの40年』(角川書店) 『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP社)etc. 不定期連載 「日刊チェンマイ新聞」"朝山実の、という本の話" http://www.norththai.jp/