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わにわに

朝山実が、読んだ本のことなど

三つの顔のおんなのかなしみ

【わにわに書庫】

近藤ようこ『異神変奏 時をめぐる旅』(メディアファクトリー)から、

 

異神変奏 時をめぐる旅 (幽ブックス)

なんか手塚治虫の『火の鳥』みたいと思ったものの、あれは時代をいったりきたりして、キャストは「火の鳥」以外総とっかえ、火の鳥を捕まえて不老不死になろうとするがそれが幸せかどうかわからんというハナシの繰り返しだった(もううろ覚えだ)が、近藤ようこの『異神変奏 時をめぐる旅』は何度も生まれ変わる部分は似ていて、似ているなぁと思ったけど、手塚さんの物語とは違っている。

何がちがうのか?

まず時間は「いま」から、生まれ変わるたびに昔に遡っていく。場所も満州とか鎖国時代の南方の国だとか。とうとう奈良時代にまで戻っていく。

主人公たちは、かって恋仲だったふたりで、女はクロメといい、男はマタリといった。

ふたりは、その時代ごとにクロメやマタリとは別の名前をもち、それぞれの人生を歩んでいた。が、ある瞬間、クロメやマタリだった前世の記憶を取り戻す。そして激しく惹かれあうものの、冷ややかな目線で見下ろし、ふたりの仲を妨げるものがあらわれる。それが「ヒメ」。

火の鳥」みたいな存在というか、美人なんだけど、長い黒髪で隠れた左右に二つの顔がある。表情のことなる顔をもつフリークスというのがポイント。

長い髪をたらして隠していれば美しく、髪を振り払うとキングギドラにみたいになってしまう。おっかないんだけど、ワタシはパッとみたときからどこか心待ちにするというか、フリークスを集めたダイアン・アーバスの写真集を見るような感じというか、いいなと思った。

ヒメは現れては、クロメとマタリが忘れていたものをわざわざ思い出させ、恋仲になるように仕向ける。ヒメは預言者のような力をそなえていて、そのためにそれぞれの伴侶を死なせたりもする。互いに伴侶が生きていたら、放り出して相手に惹かれるようなひとたちじゃないってことなんだろう。そこは古風というか、ある意味、いまの恋愛のアンチを描いているように思えなくもない。

そこで、ふと想い浮かんだのは、戦争で夫を亡くした女性が、夫の弟と再婚する、昔はよくあったハナシ。なかには落ち着いたころに戦死したはずの夫が還ってきたりしたという。当時は戦死したという報せはあっても、遺骨があるわけでもなかったから、死んだと思っていたらじつは生きていたというケースはあったらしい。そして、家の事情で未亡人が弟と再婚するというのも。ワタシの母がそうだった。

まあ、うちはひょっこり現れることもなかったし、ロマンスみたいなものがあったわけではないが。真崎守さんの短編マンガでそういうハナシを描いたものがあって、還ってきた夫はたしか、家にも入らずに姿を消したんじゃなかったかな(これもまた記憶があやしい)、つらいなぁと思ったことだけ覚えている。

で、もとい。『異神変奏』だが、生まれ変わっては時代を遡るうちに、ふたりはぼんやりとしていた記憶をはっきりさせる。なぜ、ヒメから自分たちは恨みをかったのかを。

すべてを知るのが最終章で、三つの顔をもつ彼女がいいんだわ。彼女は裕福な家に生まれながらも、周囲とは異なる自身の姿を醜いと恥じ、外に出ることもなく、家の中だけで生活していた。両親さえも恐れて疎んじていたなかで、ふつうに接してくれたのが「ふたり」で、ヒメを間にして三角関係のような位置取りをしていた。

関係が壊れたのが、遡るこの物語の起点となったというわけだ。ちょっとネタバレ気味だけど、ちょっと読みすすめば構図じたいは想像がつくからいいだろう。このマンガにハッとさせられるのは、最後のヒメの選択にある。憎んだり恨んだりするのは、得られないものの裏返しで、そういう自分の内面に気づくというのかなぁ。気づかされるわけだ。

呪詛のことばは、本心でありつつ、ある意味つきつめてウソでもある。そういう、どちらとも白黒つけられない心というのが見えてくる。つきつめて人間の感情、愛情というものを考えてみたハナシだ。愛するという気持ちがあればこそ目の前でふたりが愛する場面は見たくない。では、どうするか。ヒメは憎悪した。そして長い旅路の果てにその選択をあらためなおすわけだけど。二度読みして、真の主人公はヒメなんだと思った。

 

 

インタビューライター・朝山実 近著 『父の戒名をつけてみました』(中央公論新社) 『アフター・ザ・レッド 連合赤軍兵士たちの40年』(角川書店) 『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP社)etc. 不定期連載 「日刊チェンマイ新聞」"朝山実の、という本の話" http://www.norththai.jp/