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わにわに

朝山実が、読んだ本のことなど

死刑囚となった小林さんは、その後何を考えて10年を生きたのか…

 デング熱が話題になっていますが、タイの友人からのメールで、むこうでは風邪みたいにかかる病気で、「死なないの?」と訊くと、「死んだりしませんよ」て。

   どうも、しばらく寝ていればすむそうで、いわく「そんなに危険なものならば、日本政府は渡航制限をかけないといけなくなる」とか。

 そんなタイにいる友人のサイトでの連載コラムを更新しました。津村記久子さんの『エヴリシング・フロウズ』(文藝春秋)。読み終わったのに、すでに主人公たちのその後がめっさ気にかかります。とくに、脇役のどっちかというとあまりしゃべらない、大土居さんはこれからどうなっていくんやろうか。シングルマザーが、恋におち、男と一緒になろうとするのはいいんだけど、男に問題があっても、子供をとるかそれともって、世間でよくある事件に発展しかねないハナシなんかも描かれていて、ふつうに生きるってタイヘンやわと思う、リアルな小説です。子供が主人公ですが、おとなが読むべきやなぁと思いました。


ちょっと言いタイ - 日刊チェンマイ新聞

 

 話題は転じて、小林光弘さんに対する死刑が先週、執行されました。享年56歳。

 2007年、最高裁で死刑確定後も、三度の再審請求を行い、三度目の請求が却下されてまもなくの執行のようです。

 事件が起きたのは01年5月。青森県弘前市武富士弘前支店でガソリンをまいて放火し、5人が焼死、4人が重傷を負った、世にいう「武富士放火殺人事件」を起した人物で、事件当時43歳でした。写真はネットで見られますが、朴訥なおじさんという印象の人物です。

 死刑判決そのものは妥当だと思います。たとえ「殺意」はなかったにしても、5人のひとの命を奪った事実はたしかですし、ただ、そうだとしても、「死刑執行」と聞くと、もやもやとするものがくすぶっています。

 結果を予見できたかどうか。殺意のあるなしが争点としてあったものの、冤罪の可能性もまったくないのですし、亡くなられたひとたちのことを考えると死刑以外にありえないとワタシは考えます。

 一般論として、制度としての「死刑」についてもあってしかるべき、むしろ現行のものよりも厳しく適用したほうがいいとすら考えます。ただ、それでも、執行に関してとなる、もやっとします。そして、執行にあたって、なぜひっそりと誰にも知られないようにしてすまされていくのか。一応、法務大臣の記者会見はあるにはあるけれど、ニュースの扱いは小さい。死刑囚といえども、ひとつの命です。そのことに疑問を抱いたりもします。

 ガソリンをまいて5人を焼死させたという結果だけを見ると、どんなに凶悪な犯罪者なのだとおもいますが、地裁判決後にノンフィクション・ライターの歌代幸子さんが週刊新潮に書かれた記事(03年5月29日号掲載)を読んだとき、印象が変わったのです。

 ガソリンはまいたものの、男には明確な殺意はなかったと思われます。脅して、金を出させ、それを持って逃げる。入念に計画を立てたというよりも、どこか行き当たりバッタリ。

 当時の支店長が、犯人の言われるままにカネを出していたら、強盗事件で終わったかもしれない。そのことで論議も呼びました。強盗に対してまず警備会社に通報するというマニュアルに沿い行動した支店長もまた、こんなことになるとは想像もしなかったのだと思います。

 こんなことになるとは思わなかった。その連鎖が事件の端々にうかがえるから、もやもやとしてしまうのです。

 男は、タクシー運転手をしていて、社内の野球部ではキャッチャー。宴会係を率先するようなキャラクターで「まじめで、ひょうきん」と同僚たちの評判もよかった。子煩悩な父親でもあったそうですが、ある悩みを抱えていた。

 多額の借金です。

 それも、仲人だった人物の借金を肩代わりし、返済のめに消費者金融から借金を重ねていたそうです。

 同情の声が周囲にあった一方で、取材で、べつの一面が浮かんできます。

 ふだんは気弱で生真面目だけど、酒が入ると気が大きくなり、口調もけんか腰に一変する。競輪に大金を注ぎ込むということも、かなり以前からあったそうです。

 そして、事件の導火線となった借金の肩代わりについても、親族によって清算されていたことが判明します。

 つまり、負債はもともとのギャンブル癖によるものともいえなくはない。妻から、競輪をやめるように懇願されても、やれられない意志の弱さが垣間見えます。

 周囲から借金を重ね、ローンで軽トラを買って始めた宅配業もうまく立ち行かず、ますます「イッパツ逆転」と競輪にのめりこんでいったとか。

 転がり落ちるように、父親が亡くなったあとの保険金や、その父親が寺に納めていたお金を返してもらうなどし、それすらも競輪に注ぎ、すってんてんになってしまう。そのころになると、すでに同僚や友人からも借金しまくって、頭の中はまひしていたのでしょう。

 その日、彼は60万円の返済を迫られていた。通りがかりに見かけた武富士の店舗を思い出し、利用したことがない店だから顔が割れていないと、選んだ理由を語っている。

 ルポによると、青森地裁での公判中、拘置所から母親にあてた手紙で、出所を出たあとのことを綴っています。

 5人を焼死させ、死刑を免れると考えていたとしたら、ほんとうにそう考えていたとしたら、どんなに甘い人間だったのか。不誠実さを感じずにいられません。

 それでも、子供のころの小林さんは、母親思いのとてもやさしいひとだったとか。やさしさと、甘え。

    事件後も指名手配を受けながら、逃走を続けた。こんなになさけない男だからこそ、死刑は当然と思いながら、小林光弘というひとりの人間がこの世から消え去ってしまうことには、もやっとしてしまう。

   それは、なにかのタイミングで、自分が小林さんと入れ替わっていたかもしれない。そんな夢にとりつかれるからで、小林さんの弱さをわらうほどに自分はたしかな人間ではない。

   せめて、執行に際には、彼がどのような心の軌跡をたどり、その日を向かえたのか、わかりたい。そういうように制度は変えられていかないものなのだろうか。ひっそりと、執行の事実だけが告げられる。はたして、それですべてが終わるものなのか。終わっていいものなのか。

 死刑が確定したのち、彼が何を思い、日々を送ったのか。悔悛したとしたら、何を。せずにいたら、それはどうしてなのか。知りたいと思うのは、ワタシのような外野にいる人間だけではないでしょう。おそらく遺族にとっても必要なことのように思えるのです。

 

エヴリシング・フロウズ

エヴリシング・フロウズ

 

 

 

インタビューライター・朝山実 近著 『父の戒名をつけてみました』(中央公論新社) 『アフター・ザ・レッド 連合赤軍兵士たちの40年』(角川書店) 『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP社)etc. 不定期連載 「日刊チェンマイ新聞」"朝山実の、という本の話" http://www.norththai.jp/