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わにわに

朝山実が、読んだ本のことなど

「人間ピラミッド」て、よさこいソーラン、それとも岸和田ダンジリみたいなものというか、

   人間ピラミッド、て、わかります?

   人がどんどん積み上がって、山になる。三角の。馬の上に馬が。

   客観的に見ると、何だろう。宇宙人からしたら、

「この星の人間はよくわからない」。そう言われそうな。

   11段の記録に挑戦して骨折した生徒が四人も出たというので、ニュースになっています。どういうものかというと、こんなん。あ、動画は事故した学校とは違います。過去に記録をつくった、中学校の動画です。

 


伊丹市天王寺川中学校 2013,9,28, 10段ピラミッド - YouTube

 

   ノリでいうと、よさこいソーラン、とか、岸和田のダンジリ祭り、みたいなものでしょうか。ガッツ。団結。男気。

   やるのは、男子センバツ。女子を加えない。危険ですからね。

   男子限定のいまどきマレなスポーツ。うん?スポーツ? 体育の指導の一環だそうですから、スポーツでしょう。組体操の一つだそうですから。どこの国が考案したのでしょう。古代エジプト旧ソ連? それともニッポンのオリジナル?

 なんとはなしにこの人間ピラミッドのネットのニュースを見ていたら、卒業した中学の名前にであった。びっくり。まだやっていたのか。それも倍以上のスケールアップだ。

 人間ピラミッドの10段の記録を達成した中学校として、なんというか母校がね、紹介されいたらしんですよ。この人間ピラミッド、冒頭で申しあげたように、べつの学校でのことだけど「四人が骨折する事故」が起きて、危険だからやめろという話が出たりしているとか。教師の自己満足っぽくて気持ちわるいという否定派と、なんでもかんでも危険だからやめていくからひ弱な子になる、結束意識が高まり教育効果が見込まれるから続けろと両端から意見が交わされていたりするんですね。

 不思議だなぁ。昔ボクらがやっていたころは反対も賛成も、意見そのものが保護者や大人たちから出ていなかった。子供の耳には入らなかっただけかもしれないけど。

 当時、人間ピラミッドの初体験は、小学校でした。

   高学年のハレ舞台。騎馬戦と並んで見栄えのいい、盛り上がるイベントでした。半世紀ちかく前のことだけど。

 ちなみに、母校の中学時代の体育祭の記憶がまるでない。すっぽり、抜け落ちています。ピラミッドどころか、ぜんぶが、やったかどうかも憶えてない。

   対して小学校の記憶は鮮明で、隣にいたのが背の高い安藤くん。ジャイアンみたいな男の子で、一番下の段の馬をやっていた。

 毎年秋の体育祭のメインの出し物として、何日もかけて稽古を繰り返したのがこの人間ピラミッドと、あとはフォークダンスと、入場行進だった。考えてみたらどれも集団で見せるもので、全員参加がぜったい。生徒の意見なんか聞いたりしない。教師が、やります、やりなさいだった。

 ボク、いやです、やりたくない。なんて言える環境はなかった。

「女子はいいよな、見ているだけで」キャーキャー言って拍手していればすむんだよなぁ「いっそオレ、女子になりたい」。なんて真剣に思ったものだ。はい。ひ弱なガキでした。

 人間ピラミッド。当時はそれくらいいやだった。わぁー、すっかり忘れていたのに。

 背が低かったもので、校庭で整列するときはいつも前から一番か二番。自然とピラミッドを組むときは、最初はチビだからと当然のようテッペンにいかされた。後年、気づいたことだけど、ワタシ高所恐怖症だった。ジャングルジムとかも苦手だったし。高いところに立つと吸い込まれそうな感覚になって、眼がクラクラッ。すくんでしまう。いまでもそうです。

 でも当時は高所恐怖症なんてことばも知らなかったし、女子の目を意識して、眼をつぶってここは頑張らなくっちゃ、だった。

「崩れたときには頭打って死ぬ。ああ、おれ死ぬ。死ぬ」。死んだら、どうしょう。

 上にあがるたびにゼロ戦でアメリカさんに体当たりしたひとのことを思い浮かべていた。まだ小学生だし5段だったから、大袈裟なんだけど。

   下の段になったのは、ここは記憶が曖昧だけど、頼んで替わってもらったのだと思う。だって、テッペンで、両腕を翼のように広げろといわれ、「できません、できません、ボク」ああ思い出した。泣いたんだ。カッチョわる……。

 だから10段というのは、もう想像外。気を失いそうだし、やりたくないです。いまなら「高所恐怖症なんです」あやまると思う。

 でも、ネットにアップされている動画を見ていて、ボクやりません、てひとりだけ言えるのか。特攻隊の気持ちでいる子はいないか。動画は小さくて、見たけどもよくわからなかった。

 そういえば、下の段に入ったとき、これはこれで、いっせいに崩れおちるときがまた怖かった。ペシャンコ。

 ダダッとつぶれるのを受け止める稽古なんてしているわけないから、注意しろて言われてもね、むちゃ。怪我しなかったほうが不思議だ。身長は計算に入れても、一束ほとんど均一に生徒を並べていたもんなぁ。将棋の駒みたいにして。

 柔道とかでも、まず受身から始めるでしょうに。いきなり、上から人が五人もかぶさってくるなんて、おいおい大丈夫か。

 そんなもので人間ピラミッドは、怖い記憶しかない。

 みんなで協力してひとつのことをやり遂げる。ちかごろは、そういう機会がない。だから、人間ピラミッドに意味があるとかなんとかいうのはわかりますよ。たしかに高揚感はあったのだと思うけど、やっていた当時を思い出すと、まわりを見回し、終わって、ほっとする。生き残れたよ。やれやれ。

 仲間を信頼するなんて教育効果は、うーん、どうなのだろう。あるのならいいけど。あるのだろうか。危険を考慮しても得られる大きなものがあるのだろうか。あるならいいよ。

 当時でいうと、なかったと思う。

    体育大会が終わったら、あいかわらず安藤くんは意地悪いイジメッコのままだったし。連帯感が芽生える。なんてことはなかった。

    効果があったとしたら、死ぬかもしれないという恐怖、ふだん味わうことのない緊張感を肌身で感じたことかもしれない。ほんとうに死ぬかもしれないと思ったのだから。死んだらオレ、ぜったいテレビに出るよなぁって。葬式の場面まで想像していたもの。

 でも、いまの中学生は10段なんだ。すごい。

 先日、チアリーダーで組体操みたいに人がどんどん上に積み重なっていくのをやっていて、テッペンから落下して大怪我したけど、もう一回挑戦しているという女性をルポしているテレビを見た。

   本人が覚悟の上で、やりたいというのはいいよ。体操競技なんて、ひとつ失敗したら、ふつうのひとは死んじゃうのをやっているわけだし。

 でも、それって、やりたいという意思があってのこと。ボクらにはなかった。

   動画を見たら「天中魂」と染め抜かれた揃いシャツをセンセイたち?が着て、学校をあげて盛り上がっている。そういうときに「ボク高いところ怖いんですよぉ」と言えるか。10段も勇気だが、やりたくないと言うのも、勇気いる。

 母校だったその中学のボクらは一期生だった。二年になるときに学校ができて、バス通学していた中学が分割された。一年のときに仲良くなった友だちもいたから、転校生はこんな心境なのかと思ったりした。

 新設校で、校章を生徒の公募で選んだりした。女の子をはらましたとかいう噂がたちしばらく学校を休んだ不良もいだけど、総じて地方のほのぼのとした学校だった。一学年3か4クラスくらい。小さかったから、まとまりもよかったのだと思う。

    歴史や英語や美術や保健室のセンセイたちは個性的で、授業は頭に入らなかったものの、いまでも顔や名前はちゃんと思い浮かぶ。いっぽう、体育教師は「顔なし」状態だ。

    そういえば小学校のとき一度、膝ががくがくして、もうちょっとで下の段にいてがくんと膝が倒れそうになったことがあった。

 幸い、なにもなかったからよかったけど。指導教師がまわりで見ていたのだと思うけど、彼らがいくつものピラミッドの一人ひとりを見ていたとは思えない。あのときのボクは、真っ青な顔をしていたと思うけど。

 ほかの教科もそうかもしれないけど、体育の先生は、できる子に熱心で、できない子を置いてけぼりしていることが多かった。縄跳びができないといったら、自分で練習してやれるようになりなさいね。て、教えろよ、コツをさ。いまなら言うけど。でも、立場を替えたら、やれないことをやれるようにするって、面倒だしね。

 まあ、あのときのボクが教師を見ていなかっただけで、教師はボクを見ていたのなら、それはそれでいいんだけど。ただ、やりとげた「感動」のために、全員が無理して当然という支配的な空気は、とてもいやだった。だからといって、なんでもかんでも「危険なものはやめましょう」というのも、おかしいとも思う。

 人間ピラミッドの賛否を問われると、だから、どっちでもない。

 母校だった中学は、いっとき「荒れた学校」「行かせたくない」ところになっていると聞いたことがあった。淋しかった。だから不良ネタじゃないことで注目されるのはまぁマシというか。でも、訪ねていきたい気持ちはわくわけでもない。

 熱血なシャツを着て、指導する先生が苦手だから。

 ニュースで北朝鮮のことを報道するときに、必ずパレードやらマスゲームを映すのが定番だけど、「人間ピラミッド」って、それっぽい。

 やっぱり。いまあのなかにいたとしたら、「ボクやめます、高所恐怖症なんで」。

 言えるか。

 言えないんだろうな。

 当時いやです、やりたくないです。そう言ったらどうなっていたのだろう。

 ひとり引っ張り出され、コンコンと説諭され、「みんなでやることなんだからな、オマエもな」て、マンツーマン、いや数人がかりでがんがん言われ、それでも「いやです」なんて言える、だったらそんなジブンだったらめっちゃ褒めてあげたいといまにして思ったりする。

 そう。協調性はない。だけど、いやことも、いやですと言えない。小学校の通信簿には決まって「積極性に、みんなと仲良くしましょう」て書かれるアカンタレだったてものなぁ。

 

インタビューライター・朝山実 近著 『父の戒名をつけてみました』(中央公論新社) 『アフター・ザ・レッド 連合赤軍兵士たちの40年』(角川書店) 『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP社)etc. 不定期連載 「日刊チェンマイ新聞」"朝山実の、という本の話" http://www.norththai.jp/