わにわに

朝山実が、読んだ本のことなど

じつは、若者たちで「新しい村」をつくろうというノンフィクション。

0円で空き家をもらって東京脱出! ( )

『0円で空き家をもらって東京脱出!』つるけんたろう著、朝日新聞出版

 

 東京郊外の安アパート暮らし。30歳の漫画家さんが「ゼロ」にひかれ、広島県尾道に移住した体験を綴ったルポ漫画です。

 

 近ごろ問題化している「空き家」の増殖をとらえたということではヒット企画であるとともに、「尾道なら、年収200万円以下でも楽しく暮らせる!!」というオビのリード文が心をくすぐります。

「0円」ですから、それなりに訳ありなハナシで、読了してみると「タダでマイホームを手に入れて儲かったという」なんてことではない。むしろ、新しい土地でイチから共同体(ムラと呼んでもいいし、コミューン、いまふうにいうならコミュニティですかね)をつくりあげる。その過程をつぶさに描いたドキュメンタリーですね。フジテレビの「ザ・ノンフィクション」を観るような面白さがあります(一寸先の展開がわからない)。

 

 あらましはこうです。漫画1本ではやっていけず、週5日本屋でバイトしていた男性が主人公。ぶっちゃけ、将来を見据え、どうしょうと考えていたときに「激安の借家」があると耳にする。場所は、尾道。海の見える古民家が選び放題、相場は「月一万円」。ゼロ円もありうるという。

 早速行動を起こし、夫婦で移住を試みるというもの。ちなみに、つるさんの出身は熊本で、尾道には縁もゆかりもない。先に友人が尾道に移住していたという、たまたまの尾道。「東京から逃げ出す、負け組感たっぷり」なところが読者心をそそります。

オビに「尾道なら、」とあるのも、これは何も「激安」が豊富というだけではないようです。

 つるさんたちにとつては、「尾道でよかった」のは、出会うひとたちにとにかく恵まれ、いろいろ苦労はあるにしても総じて日々は楽しげで、ロードムービー的な暮らしぶりなんですね。

 ところで「0円?」の理由は簡単。ロケーションはバツグンでも、暮らすとなると不便、なんせ石段と坂道の家並み。クルマは乗り入れられないから、ひたすら足で登るしかない。基本、山なので、水洗トイレではない。天井からボトンと大きなムカデやヤモリが落ちてくる。ヘビも、でかいクモもいる。

 ワタシ、田舎の農家育ちなんですが、ヘビはともかく虫が苦手で、ムカデのコマを見て「ああ、ダメダメ」と思いました。すごいハードル高いです(笑)。

 空き家が増えるのは高度成長期以降、若いひとが都会に出ていった結果。昔は、高級住宅地でも、いまは買い手がなく、地元の不動産屋も斡旋しない。で、家も土地もタダで譲る(ちなみに界隈では譲渡を「ジョー」と略すらしいです)という持ち主もいて、住んでいなくとも固定資産税だなんだとかかかりますからね。

 周りは、びっくりするほどの空き家だらけ。つるさんが吟味して選んだのは、築80年の洋風モダン建築。登記費用とかコミコミ20万円で、マイホームを手に入れるわけです。

 ここからドラマのスタートです。

 つるさんがラッキーだったのは、先に移住してきた若い夫婦が中心になって「尾道空き家再生プロジェクト」というのに取り組んでいて、手分けして家の改修を手伝ってくれる。互助会みたいもの(移住後には、しょっちゅう寄り合いをもちイベントの企画で盛り上がる。そういうアツイ付き合いは苦手というひとは、ココで脱落しかねないですね)。幸い、つるさんには、合っていたみたいです。

 家のリフォーム、壁塗りとかもプロジェクトのプロの左官屋さんや大工さんに教えてもらいながら、ぜんぶ自分たちで行う(お金に余裕があるなら業者に任せたらいいんでしょうけど、ゼニの問題以上に、相互扶助を重ねることで地域に溶け込んでいくことのほうがここでは大切なポイントになっている)。

 まあ、そんなこんで新住民として認知されていくまでが、起承転結の「承」です。

 自宅のほかにも、空き家を改造しては溜まり場のような「卓球場」をこしらえ(もちろん手作り互助組合方式)、地域の子供たち相手に「けん玉教室」や「マンガを描き方教室」を開いたりする。

 つまり「0円で家を手に入れました」はゴールではなく、スタート地点。さらに、つるさんの身には、東京では考えられなかった「事件」が起き、退屈しない。それもこれも「仲間」がいたからこそ、というのがこのドキュメンタリーの中核。たまたまの尾道ではあるけれど、これはほかの街でも可能なことなのかどうか。考えどころですね。

0円で空き家をもらって東京脱出! ( )

0円で空き家をもらって東京脱出! ( )

 

 本日発売の「週刊朝日」、「書いたひと」に、もと筑摩書房の松田哲夫さんの記事が載りました。

『縁もたけなわ  ぼくが編集者人生で出会った愉快な人たち』(小学館)。

「インタビュアーがぼくよりしゃべる、ヘンな取材」と言われてしまった?。

インタビューライター・朝山実 近著 『父の戒名をつけてみました』(中央公論新社) 『アフター・ザ・レッド 連合赤軍兵士たちの40年』(角川書店) 『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP社)etc. 不定期連載 「日刊チェンマイ新聞」"朝山実の、という本の話" http://www.norththai.jp/