おうどん。
「浅漬けのきゅうりに、鰹節をまぶして、お醤油をつけたのがおいしかったわぁ」
ベッドに横向きになった次姉が、子供ころにお米屋さんの友達に家で食べたものをもう一回食べてみたいという。
姉の髪はまばらで雪のように白くなっていた。
見舞いといっても、何も話しかけることばがみつからないので、「糠漬けに挑戦しているけど、なかなか母親がつくっていた茄子の味が再現できんのよ」というワタシの話に、姉は「昆布と鷹の爪と塩をいれるんだけど、配分とか糠でその家の味がちがってくるからね」といい、きゅうりのことを思い出したらしい。
壁に「絶食」のメモ。
口のなかで氷をひとかけらコロコロさせているのが唯一のぜいたくという姉のちからになるような何か気の利いた話ができるわけでもなく、ワタシは黙ってベッドにそばに座り、姉と義兄がする子供や孫の話などを聞いている。
ワタシがあいたいと思うから、会いにいった。
「じゃ、また来るわ」
「ありがとう。すまんかったね」
「またね」
「また」
姉は布団から細った腕をだし、小さく手を振っている。
手を握ろか。迷って、やめた。
義兄と、姉が美味しいとすすめる病院の近くのうどん屋に立ち寄った。
ウチの近所にもある讃岐のチェーン店だが、店内に鰹節のにおいがたちこめていて、汁がおいしかった。
セルフのシステムも品も変わりはないものの、
「たしかにおいしい」というと、義兄の顔がほころんだ。
実際、おいしかった。関東と関西で、だしを微妙に変えているのか。それとも、気持ちの問題か。
手ぶらでいって、うどんを一杯ごちそうになって帰った。
俺インタビュアーなんやけどなぁとおもった。