30は迷うよね。女性スーツアクターだった人見早苗さんのインタビュー。
30になろうとするときは、どうしていたのか。
20のときはよく覚えていて、失敗ばかりしていて、もう思い出したくもないんだけど。
勤めていた書店をやめて、ぜんぜんちがう業種に転職しようとしたけど、間際になって「あ、おれ、電話するの苦手だな」(何を考えたのかわからないけど、あれは電話で英語教材をセールス会社だった。英語なんかまったくしゃべれないのに。面接官にそう言ったら「ダイジョウブ!!」て。なわけないでしょ)と思い直し、しばらく無職をしていて、このまんまずっと何も決まらないままなのかぁと思ったりしていた。
昼間、アパートでアルバイト情報誌をめくっていたのを思い出した。ちょうどいま頃の季節で、ひとり取り残された気分だったなぁ。
いくつかバイトをしていたとき、よく覚えているのが夕刊紙の配送の補助だった。
「かつぎ屋」と呼ばれている、ターミナル駅にトラックで運ばれてきた夕刊フジだとかスポーツ新聞を駅構内の売店に運んでいく、見た目は単純にして簡単な作業。新聞ごとにチームができていて、ワタシが配属されたのは「フジチーム」で、メンバーはすこし年配のひとたちだった。
チームのひとたちは全員画家さんだった。細いひょろったとした体型を思い浮かべがちだけど、全員が筋肉質で、重い荷物をぽんぽんと肩に重ねてはスイスイと駆けていく。うっとりするほどの身のこなしだった。
結束して膨らんだ新聞の梱包を肩に何段重ねにもして、人込みの中を泳ぐようにして運んでいくのだけど(台車に積むこともあるけど、構内はそっちが速かった)、それに引き換えワタシときたら、よろよろ。よろよろ。「補助」のはすが、お荷物になりかねないありさまだった。
見かねて「いいよ、無理しなくて」とみなさんの半分くらいの高さで、カンベンしてもらっていた。やさしいひとたちだった。
そういえば、別のチームに、70くらいの日焼けしたジイサンがいて、バシバシと新聞を広げながらランニングシャツからはみ出したムキムキの筋肉を披露していた。ジムに通っていたらしいけど、まだ元気かなぁ。ご存命なら90は越しているだろうけど。
是枝裕和監督の『ワンダフルライフ』という映画のなかで(ARATA主演で、谷啓さんが職員役でいい味をだしていた)、死んだひとが一週間ほど待機する場所があり、そこではみんながひとつのことを選ばないといけない。
人生のなかの「ある場面」を再現することができるといわれる。その記憶をもって、あの世にいってくださいと言われるのだ。
あれもこれもダメで、たったひとつ。
それぞれに何を選んだかというのが映画のおもしろさだけど、自分だったらと誰しも思うわけで。選べというのは、酷なこと。結局、選びきれなかったひとたちが、そこの職員になっていたというオチだった。
班のひとたちは、みんな同じ画家さんたちの仲間だとわかったのは、仕事にも慣れてきたころで、ワタシひとりが「そうでないひと」だった。
ギャンブルの話がよそのチームがしていたりするのだけど、彼らは穏やかに絵がこないだ売れたとかいう会話で、それをいつも黙って聞いていて、あるとき「兄ちゃん、セキグン派? ああ別にいいんだよ、言わなくても」と勝手にそういうジャンルのひとにされていた。
無口=訳アリ、という推理だったのか。場所も釜ヶ崎のすぐ近くだったしね。
ただ、話すことがなにもなかっただけで、あのひとたちのことはいまでもときどき顔が思い浮かぶ。当時でワタシより10才くらい上だったと思うから、もうあのマッチョなジイサンくらいの年齢だろう。
たまに、地下鉄の沿線の各駅にも運んだりもするときがあり、帰りに古本屋に立ち寄り、「100円均一」のハードボイルド小説を買ってはズボンの後ろポケットに押し込んでいた。
船戸与一の『山猫の夏』はソフトカバーの単行本で、さすがにポケットには無理だったが、たぶんあのとき黄色の分厚い本を読んでなかったら、いまの仕事もしていなかっただろう。手にしている間は地下鉄の車内がギラギラした南米だった。お金がなくて古本屋しか行けなかったけど、いちばん本を読んだのもあの頃だった。
『ワンダフルライフ』のように、たったひとつと言われたら、あの頃のターミナルの待機場所を選ぶかもしれないな。すごく不安。でも、どこにでも行けそうな気がしていた。南米にでも。将来、船戸与一に会いたいと思い、会えるような気がしたのもこのときだった。
なんでこんなことを書いているんだろう…。
そうか、webの連載のタイトルが「30才の決断」だった。
子供のころにテレビのラブコメを見て、女優さんに憬れけど、引っ込み思案で、そういう道に進む決断ができなかったのが、大学を卒業後にアクションの芸能事務所の養成所に入り(芸能活動をするには年齢的にギリだったんじゃないかな)、女性では数少ないスーツアクター(戦隊ヒーローのなかに入って演じている役者さん)として活躍したひとで、キャリアアップしたのち、30を区切りに続けるかどうか考えたというのが、「彼女がスーツアクターになった理由」の最終回のハナシ。
女性の30才は、男とはちがうハードルがある。インタビュアーとしては、そこに踏み込んでないなと思うけど。まあ、読んでもらえたら嬉しいです。
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撮影©山本倫子 Yamamoto Noriki