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わにわに

朝山実が、読んだ本のことなど

スタントマンの世界を描いた青春漫画『UNDERGROUN'DOGS』。

マンガ

 

UNDERGROUN’DOGS 2 (ビッグ コミックス)

 

黒丸『UNDERGROUN'DOGS  (アンダーグラウン・ドッグス)2』(ビッグコミックスピリッツ

 

 公園でダンスの練習をしている少女たち。あの中で、キミならどの女の子の電話場号を知りたいか?


 黒眼鏡の男が、リュックを背負った若者を呼びとめ、尋ねる。
「なんでボク?」といぶかしんでいると、彼はこう答える。
「見たところ、きみは至極健全かつマトモで、さほど個性もない普通の少年だな」
 褒めているとは思えない、ひどい言われようだ。
 このマンガの主人公は、そんなふうに見た目は「個性のない」若者で、だからこそ読者としてはこのマンガにひきつけられもするわけだ。

UNDERGROUN'DOGS  (アンダーグラウン・ドッグス)』は、アクション映画には欠かせない「スタントマン」にスポットをあてた長編マンガで、クロサギを描いた黒丸の新作だ。

「サコっちゃん」とか「サコっち」とか先輩たちから呼ばれる主人公の迫は、おとなしい少年で、イジられキャラというか、町工場に勤務していて、職場の性悪たちのパシリをさせられても文句ひとつ言い返せない若者だった。

 将来の夢もない。「個性のなさ」に中上健次『十九歳の地図』がちょっとよぎった。新聞配達の寮住まいで、ムカつく配達先に✕をつける。✕印が日に日に増えていく。遊び仲間もいない。はっきりいえば負け犬だ。「サコっち」とちがうのは、中上の描く青年は鬱屈をブンブン、痩せた野良犬のように外にまきちらしていたことだ。
 比べて「サコっち」は、うちへ向う。
 そんな若者が、たまたま職場の近くで映画の撮影があり、現場を目にする。

 スタントマンの世界を描いた物語であるにもかかわらず、主人公がまったくアクションに関心のなかったというのが新鮮だ。だからこそ激変していく様がおもしろい。
 たまたま出遭った「千鉄(ちかね)」というアクションチームに属する女性とのラブロマンスを予感させる要素はあるものの、彼が魅了されたポイントは未知なるアクションそのものの面白さがあればこそ。
「無個性」のサコちゃんが、アクションの練習に加わるうちに「自分」に自信をもつようになり、仕事に対しても前向きになり、小賢しい職場のワルたちに反撃をするまでに変貌していく。つまり、ひ弱な少年が大人へと成長していく姿を縦軸にしている。

 最新刊の2巻では、サコがエキストラとして撮影現場に入る。
 平日の撮影のため、工場に休暇を許可してもらわねばならない。人手の足りない事情やいじめのヨコヤリをどうクリアするか。そういう細かなスジがいい。これがなきゃいけない。

 優男のサコとは対照的に、ネチネチとサコをイジメ倒す「先輩」の顔つきといい、その姑息さといい、嫌味が顔ににじみ出ている男で「助演男優賞」ものだ。映画なら、ピエール瀧だな。ワルがしっかりしてないかぎり、こういう物語は成立しない。

 2巻で特筆すべきは、撮影現場の臨場感だろう。中心にいるのは、イケメンのアイドルたちではない。本来、中心にいる彼らは、ここでは脇に置かれている。
 スタントマンたちは「アクション部」と呼ばれ、出番まで放ったらかしだ。「俳優部」とはちがう。いっぽう、ボランティアで集められた「エキストラ」たちは「お客さん」としてスタッフから気を遣われたりする。ザツに扱われることのなかに、「プロ」たる評価、処遇が見てとれる。つまり「撮影部」「照明部」「美術部」同様、彼らもまた裏方ながらもプロフェッショナルな職人なのだ。

 エキストラの中には「スタントマン」に憧れをもつ若者が混じっていて、サコが背丈や体格から主演のアイドルに似ているからと代役に急遽抜擢されるや、嫉妬する。こどもっぽいやっかみをコミカルに描いているが、だれしもあるそういう小さな感情のやりとりが面白い。人間くさい。

 そして何よりいいのは、スタントマンであることのプライド。役者を選ばず「スタントマンになりたい」と思う、そう思わせる魅力、サコが惹かれる理由を撮影現場の臨場感とともに台詞にしていることだ。

 作品の話からすこし逸れるが、
高倉健さんの映画でね、背中をやらせてもらったことがあるんです。そのときは現場が、ぼくを中心に動いていくんです」
 スタントマンとして第一線で活躍している男性のことばがずっと脳裏に残っている。いっときのこととはいえ、照明やカメラや大勢の現場のスタッフが、大スターに接するように彼を見つめている、その瞬間はこのうえない快感だという。
「顔の映る役者になろうというふうには思わないんですか」と訊ねたときの返答だった。
 愚問だと思いつつ、若いころの大杉蓮さんをつい重ねてしまう風貌で、しゃべり口調も落ち着きしっかりしている。精悍というか尖ったイカツイ感じ、背格好といい表の役者としても充分いきると思えたからだ。

「昔ならともかく、いまは思わないです。動きで表現するのがいちばん面白いんですよ」

 彼はつづけてこんな話をした。新宿の雑踏の中で、わざと前からくる人の波に肩がぶつかりそうになった瞬間、スッとよける。そういう練習を遊び半分でやったりしていたこともありましたよ。「いまも?」と訊ねると「もうそれは」と笑い返された。仕事がなく鬱屈していたときのたったひとりのトレーニングだったという。
 パンチが顔にヒットする寸前、拳ひとつの間隔でかわしたり、逆に外してみせたりというのを、彼らはこの日の「練習」ではなんなくやってみせていた。
 見ているこちらとしては、「どういうふうにしたらギリギリのタイミングで見切ることができるのか」と質問したときに、冗談めかして教えてくれた。
 最初は、パンチが当たるんじゃないか。コワイと思ったこともある。だから、当たらないように顔から間隔を大きく開けていた。それがだんだん短くなり、ついには数センチまで。「見える」というのはそういうことらしい。
 物腰の気負いのなさといい、カッコええなぁ。
 気にかかってしばらく目が背中を追っていた。

 ワタシがスタントマンのひとたちを取材したのは『UNDERGROUN'DOGS  (アンダーグラウン・ドッグス)1』の一場面(公園に仲間が集まってアクションの練習している逸話)を読んだ時期と重なる。
 面白いなぁ、劇団のひとたちやお笑いのひとたちが「稽古場を借りるお金がなくて、公園を稽古場にしていた」という話をよく耳にしてきたが、仕事をもって活躍しているプロのスタントマンが、仲間を集め、ひと目のある公園での練習を続けているというのにひかれた。
 前後して、モーションアクターの古賀亘さんを取材した折に「女性のスタントマンでいちばんの売れっ子ですよ」として紹介しもらったのが、偶然にも作者の黒丸さん取材しているアクションチームの女性メンバーだった。

 そもそもが『イン・ザ・ヒーロー』というスーツアクターの世界を描いた映画がきっかけだった。立場は役者なのに「顔は映らない」、もやもやしたりもしながらも、それでも選んだ仕事にやりがいを見つけていく「ウラカタ」の意気込みのかっこよさにひきつけられたからだ。
 スーツアクターとスタントマンは、アクションの仕事ということでは通じているものの、違っている。ちがってはいるが、それぞれに生半可な覚悟じゃやり続けられない。
 はたから眺めていて惹かれもする。しかしワタシは「サコっち」のようにスタントマンになろうとはゆめゆめ思いはしない。イイトシだし、極度の運動オンチだし(笑)。それでも取材を通してアクションの見方が変わってきた。ブルース・リージャッキー・チェンも興味はなかったのに。彼らが出ているというと劇場に出かけたりする。エンドロールを確かめている。ヘンだなぁと思う。
 

UNDERGROUN’DOGS 2 (ビッグ コミックス)

UNDERGROUN’DOGS 2 (ビッグ コミックス)

 

 

 👇アクション監督の大内貴仁さんをインタビュー 
「スタントマン」の仕事について教えてもらいました。

 

 

 

インタビューライター・朝山実 近著 『父の戒名をつけてみました』(中央公論新社) 『アフター・ザ・レッド 連合赤軍兵士たちの40年』(角川書店) 『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP社)etc. 不定期連載 「日刊チェンマイ新聞」"朝山実の、という本の話" http://www.norththai.jp/