わにわに

朝山実が、読んだ本のことなど

37人の男前なインタビュー本。

【わにわに ウラカタ本】
『建設業者』建築知識編集部・編 
エクスナレッジ 2012年発行

 

イッセー尾形のあの舞台を観るような、
37人のプロたちのインタビュー本。
Text=朝山実

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鉄骨鳶、クレーンオペレーター、鉄骨工、解体工、サッシ取り付け、板金工……、聞きなれないものでは、洗い屋、曳家など37人の職人さんが仕事について語るインタビュー集だ。

『建設業者』というタイトルからして、商売っ気が感じられない。ないはずもなかろうが、無骨に勝負したいというのがタイトルからもわかる。

〈巷のビジネス書が唱える、スマートに体系化された「仕事論」にはそろそろ食傷気味である〉という序章の口舌もいい。
編者いわく、〈事によると何の役にも立たないかもしれない、彼らだけの泥臭い本音に耳を傾けてみたい。〉

長きにわたり連載されていたものを本にまとめたというが、掲載誌が「建築知識」という専門誌。しかし、シロートが読んでもこれが面白い。むしろ、シロート向きかもしれない。

そういえば子供のころ、田舎普請の家に洋間を増築するというので大工さんがやってきたことがあった。ハトの形の硯箱みたいなものから伸びる糸を使って、柱材に墨をつけて、切っていく。離れたところからじっと眺めていると「坊主、やってみたいんか」。若いもんに指図していた日焼け顔のオッチャンがニヤッとしていたのを記憶している。

本書が面白いのは、裏方に見えるその世界の中にもさらに「表」と「裏」が存在することを教えてくれる。
作業のダンドリと関係して、大工や左官は花形の表。いっぽう裏にあたるのは、家やビルが完成したときには外から見えない部分を担当する。給排水設備、電気設備が裏の代表だ。

「現場には、なぜか自然に出来上がった職人のランクみたいなものがあるんです。大工がいて、左官がいて……それから鉄筋工、型枠工がいて……、設備はずーっと下、下から数えたほうが早いですね」
と語るのは、給排水設備のベテラン職人の小池さん。
下に扱われるのは、全体の作業進行と関係しているという。
配水管などを貫通させるために、あらかじめ「スリーブ」という塩化ビニールの筒を壁に通しておかないといけないのだけれども、鉄筋工や型枠工の作業の邪魔となる。
「ひどいのになると、スリーブの中にわざとモルタルを詰めたり、鉄筋を入れたりして意地悪する人もいます」
 ひぇー!! イジメだわ。
「だから、スリーブを入れさせてもらうためだけに、わざわざ鉄筋工の親方のところ一升瓶を持って挨拶に行くこともありました。さすがに今はそんなことはなくなりましたけど、昔はそうやって年がら年中頭を下げていないと、自分の仕事がうまく運ばなかったんです。そのせいで、いまだに現場では下に見られています」

ここで、ひとり一人につけられた扉の写真を見返すと、小池さん、額におでこに深い皺がヨコに四本走っていて、スリムで目力もある。理不尽だと思いながらも、このひともまた頭を下げているんだと思うと、なんかホッとする。

小池さんの話は続く。
工事が遅れると、ワリを食うのはいつも自分たち。
「(中略)それに、うまく配管が納まっても誰も褒めてはくれない。たまにあるんです、今回の配管はぴたっと納まったなぁっていう快心の出来が。でも、端から見ればそんなこと分からないし、できて当たり前の世界です」

そうだよなぁ。見てほしいよね。
じゃあ、何が長年、仕事のやりがいになってきたのか。
頭下げるだけの仕事なら、とっくに辞めていても不思議はないだろうに。
「たいへんな役回りです」とインタビュアーに言われて、小池さんが答えている。

「自分だけの責任ではすまないしね。ただ、設備屋の唯一のプライドとでもいうのかなぁ……個人的には、われわれが一本一本心臓から血管をつないでいくように、建設を血の通ったものにしているんだという思いね。それがあるから、なんとか四〇年近くこの仕事をやってこれたような気がしているんです。褒められたことは一度もないんだけど」

もう一回、写真を見直した。
シャンパー姿。天井から垂れているビニールの線を手繰り寄せる手の指が黒ずんでいた。


編集は藤山和久さん。たぶんインタビューや構成もこのひとなのかな。西山輝彦さんの写真もいいな。
ひとり6ページくらいで、仕事を詳しく語れば、個人史の部分がうすくなるのが残念だったりする章もあるけど、いいわ、この本。

台詞で好きだったのは、ガラス工の三本さん。

「いまはガラス工を募集しても、若い人たちはまず集まりません。ですから、わが社では「運搬・配達」で募集して、様子を見ながらガラス工に仕立てあげていきます」

もうサギやんか(笑)。
でも、どうやって大判のガラスを運ぶかの説明が面白い。
二人で立てた状態で運ぶ際にバランスが大事。しかし、一度倒れかけたら人力では立て直すのは無理だから、
「同時にガラスを離してサッと逃げるしかない」
そんな失敗を何度も経験して仕事を覚えるものだという。

ワタシが見た写真のベストは「素材生産」の塩野さん。
道具を前にして、写りはなんでも無さげだけど。山から木材を切り出し、切り方を間違えると命にもかかわる男の仕事だという。

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問われて応える啖呵がこれまた小気味よい。

「山仕事っていうのは、もたもたしている命スっちゃうからヨ。俺なんかこんなに痩せてて華奢だから女みたいに思われることもあるけど、ふざけちゃあいけないよ(笑)。(中略)デカイ体してたってダメな奴はダメ。荒っぽくガツガツやったって長続きはしないだから」


読みつつ思い出したことがある。
連合赤軍事件」で刑期を満了して刑務所から出てきたひとたちの「その後」が知りたいとインタビューし本にまとめたことがある。
それは塗装の職人さんで、仕事そのものは「事件」とはもちろん関係しないし、ホンスジから外れていると思いつつ、どんどん質問を重ねいくうち、「転職を考えているの?」と聞き返されたことがあった。

ほかにも経営している小さな会社を訪ねていっていったこともある。
掲載はできなかったが、病院のゴミを回収するトラックを運転しているというひとの話の日によって道が混むのでどのルートを選ぶかといった話も面白かった。
たぶん、どれもジブンにはできない仕事だと思うからだろう。

そういえば、ひとり芝居のイッセー尾形さんは昔、建築現場で溶接の仕事をしていた。役者としてデビューしてからも続けていた期間が長かった。建築現場のひとをネタにすることが多かったのも、目にする機会が自然と多かったためだろう。

リアルにすぎて、下層のひとをバカにしていると批評されたことも初期にはあったというが、彼にそんな底意はない。仮にそうした視点が基点になっていたら、嫌な感じをプンプンさせながらも、なんともいえないチャーミングなあのキャラクターたちにはならなかっただろう。見るものが「差別」を感じたとするなら、それは演者よりも見るものの側にあるものなのではないか。抑え込まれていた負の感情をサルベージしてしまう力が彼の芝居にはあったということではないだろうか。

にしてもイッセーさんの職人ネタ、ナマで見たいなぁ。
映画で見かけるたび、このごろ、よくそう思う。

 

建設業者

建設業者

 

 

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ひとりめが、「るろうに剣心」シリーズのアクション監督・大内貴仁さん。
ふたりめは、話題の「生キャラ」りんご飴マンさん。

 

インタビューライター・朝山実 近著 『父の戒名をつけてみました』(中央公論新社) 『アフター・ザ・レッド 連合赤軍兵士たちの40年』(角川書店) 『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP社)etc. 不定期連載 「日刊チェンマイ新聞」"朝山実の、という本の話" http://www.norththai.jp/