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朝山実が、読んだ本のことなど

津村記久子『浮遊霊ブラジル』の中に出てくる、「オモ族」の写真集を見る男の子の話が面白い。

一日のご褒美に「オモ族」の写真集を見る男の子の話が面白い。

 

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津村記久子『浮遊霊ブラジル』(文藝春秋)

津村記久子の書く小説といえば職場小説の印象があるのが、最新刊の『浮遊霊ブラジル』は、死んじゃったお爺さんが、生前に行きたかった海外旅行を幽霊になって果たそうとする表題作をはじめ、これまでの作品とちがってかなり軽妙で、しょゅっちゅうダベっていた女友達ふたりが地獄に落ちてからも交友関係を続けていく「地獄」という短編なんぞは、脇役の鬼たちが役所勤めの公務員キャラクターで、たとえばある鬼は妻の浮気に悩んだりして主人公が悩み相談に応じるなど、桂米朝の大ネタ「地獄八景亡者戯」を思い浮かんだりして面白い。


 ぜんぶで八編あるなかで、とくにワタシが好きなのは「個性」という短編だ。
 就職活動を控えたある大学3年生たちの話で、「秋吉君」という男子は、まわりのひとには見えているのに彼ひとりだけが「見えていない」という、特殊な視野障害の病気をもった若者という設定で、そういう病気は実際にはないのだろうが、ありそうに思わせるのが津村さんの特色でもある。

 主人公の「私」は小説の中では、観察者的な立場の女子大生で、秋吉君のことを好きになった女子の「板東さん」がある頃を境にして、「ドクロ侍(骸骨が鎧を着て、刀を両手に構えている)」がプリントされたパーカーなんかを着て学校にやってくるようになり、もともと無口でジミなキャラなのにどうして? と思うところから始まる。

 秋吉君は、わが道をゆくというか、いつもネルソン・マンデラとかドストエフスキーとかカミツキガメとかヤドクガエルカルロス・バルデラマなどなど、ハデなTシャツを好んで着てくる男子で、主人公は「ドクロ侍」は板東さんが着るよりも秋吉君が着たほうがふさわしいだろうに、とか思いながら見ている。ちなみに「カルロス・バルデラマ」が気になったので、ネット検索をしてみたら、すごくインパクトのあるサッカー選手だった。

 板東さんは、その後もアロハを着たりと、目立ち方がどんどんエスカレートしてゆく。もともと整った顔立ちの美形で、「私」は彼女のことをドクロ侍なんか着るタイプの人じゃないのにと思い、何が彼女の身に起こったのかと心配している。ある日のこと、とうとう板東さんは、
〈大阪の商店街のおばちゃんが身に着けているような、トラが正面に向かって口を開けているTシャツを着てきた〉。


 いっぽうの秋吉君だが、「トラー」といって板東さんのTシャツを指差してはしゃいでいる。その反応に板東さんは、ぶすっ、としてその場からいなくなる。


「トラが行っちゃったよ」と残念がる秋吉君。
「トラじゃないよ、板東さんだよ」と主人公が突っ込むと、
「え、板東さんなのか」という、やりとりを交わす。

 秋吉君には、トラのシャツは見えても板東さんの姿は見えておらず、坂東さんは彼の目にとまりたくてヘンな格好をエスカレートしていくというスジで、奇妙な話なんだけど、話が進んでいくにつれ、タイトルの「個性」とはどういうものかということのハナシになっていく。つまりは、アイデンティティのモンダイというか、ボク(わたし)って何?の話である。さらに踏み込んでいうなら、いびつなモノのなかにこそ「個性」は潜んでいるということを指し示している。

「いるっていうことはなかなかわからないのに、いないっていうことはすぐにわかるの?」

 登校してこなくなった板東さんについて、秋吉君から聞かれた主人公が問い返すと、秋吉君が申し訳なさそうにうなずく場面が印象的だ。

 このハナシは、まだ恋人でもないし、友達にすらなれていない二人が、相手を認識していこうとする途上の出来事を綴っていて、実際二人が会話してみたらどうなるのかは未知数なままに、ラスト近くで、秋吉君に認識してもらいたい板東さんはあることをする。おそらく彼女にしてみたら、キヨミズのブタイから飛び降りるような心境だったにちがいない。恋愛もののようで必ずしもそうなってはいないこのラストがすごくいい!!

 津村さんにこの本に関してインタビューしたときに、
「なんで同じ顔に見える美男美女を頑張って、見分けてあげないといけないのか」と話されていたのが面白かった。着想の発端は、秋吉君ほどではないにしても、津村さん自身が整った顔のひとの顔が識別できないことからきているらしい。

 作中に、秋吉君が気に入っている写真集というのがあって、それはアフリカの「オモ族」の人たちを撮影したもので、顔にカラフルなペイントをしたものらしく、津村さんも好きなのだという。気になったので書店で探してみた。

 秋吉君の持っているものと同じかどうかわからないが、その一冊の写真集がいま欲しくなっている。「顔とかに色を塗りたくっている、あんなんでしょう」くらいに、見るまでは津村さんも秋吉君も妙なものが好きななんだぁと思っていたが、カラフルに顔に化粧していて、とってもカワイイのだ。いやなことがあっても眺めていると、もやもやが晴れるかなぁーとか思ったり。あと一月しても、それでもほしいと思うようなら買ってみようと思っている。

 この話が好きなのは、ワタシもひとの顔がなかなか覚えられないことが関係しているかもしれない。声はわりと記憶するんだけど、仕事相手で何度会っても顔を覚えられないなんてことはしょっちゅうで、だからなるべく会社を訪ねていくようにしている。

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週刊朝日」2016.12/16号

インタビューライター・朝山実 近著 『父の戒名をつけてみました』(中央公論新社) 『アフター・ザ・レッド 連合赤軍兵士たちの40年』(角川書店) 『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP社)etc. 不定期連載 「日刊チェンマイ新聞」"朝山実の、という本の話" http://www.norththai.jp/