わにわに

朝山実が、読んだ本のことなど

「泣き屋」という職業を取りあげた映画「見栄を張る」を観た

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 お葬式って、何のため、誰のためにするものなのか。お坊さんのお経はセットだと思いがち。実際、ワタシが喪主となった父の葬儀は、戒名をワタシがつけたことにより、檀家だった村のお坊さんとの関係がこじれはしたものの、葬儀屋さんのルートで別のお寺のお坊さんに来てもらい、枕経からひととおりのお経をあげてもらった。

 父に仏教に対する信心があったとは思えないが、母の葬儀のときのことを思うと、型破りなところのある人だったとはいえ、葬式にお坊さんが現れないとなると父から「なんで?」と言われそうに思えたから。ただし、遺言にしたがい極力人数のすくない「家族葬」にした。

 父の戒名を、仏教徒でもなんでもない息子がつける。そんなんありなんやというのは、ある宗教学者さんの本を読んだことによる。本来のブッダの教えには、戒名など存在しない。仏教が日本に伝わることで、独自にできあがったもの。だから各宗派ごとに戒名の付け方も異なっている。
 
 教えを授かったものの免許皆伝みたいな意味があり、本来なら生前に修行を積むことにより授かるものが、なぜか死後に村のお坊さんがつけるようになった。そんなことを知ると、もともと父に仏教に対する信心はないわけだし「戒名なんていらんやん」と思いもしたが、まだ元気だった頃に父にそういう話をしながら「ぼくが付けたるわ」と言ったら、面白がっていた。会話のすくない父子で、めずらしく弾んだものだった。

 訃報を聞いて新幹線に乗っている間、戒名の付け方について書かれた本を読みながら、不思議と忘れていた父の記憶が次々とよみがえってきた。ずっと、父のことは好きではなかったのに。どこにも遊びに連れていってもらったことがない。父に反発ばかりしていたのが、ああ、あそこにも行ったなぁ。思い出すたび、目の前がかすんだ。たぶん、お坊さんに頼んでいたらそんなことはなかっただろう。

 そんなことがあってから、お葬式や仏教のことにも興味をもつようになり、父の葬儀から一年間の出来事を本にもしたし、いまも弔い関係の取材を続けている。いまだに自分の中で結論が出ていないのは、何のためにお葬式をするのか。それは誰のためのものなのかということだ。

 

見栄を張るを観たのは、渋谷のユーロスペース。監督は藤村明世さん。是枝裕和監督のスタッフをしていた、まだ20代の新人ながら、かっちり落ち着いた作品だ。

 東京で暮らす30代になるかならないかという女性が、親代わりだった姉が急逝して、帰郷するという話。

以下、ネタバレあります

 主人公は「女優」を仕事にしているが、いまは仕事に恵まれていないらしい。冒頭、映画のオーデションで、亡くなった恋人にとりすがり泣くという演技を求められ、自分の前の応募者が声をあげて取り乱す大熱演の芝居を見たからか、ぼそぼそと泣く。それを見て審査の監督が、キミ台本読んだ?と不満顔をみせる。

 直後、事務所の同僚だった女性とバッタリと廊下で出くわし、「オーデション?」と聞かれ、「ううん、打ち合わせ」と答えてしまう。タイトルはそういう心境を表しているのだろう。

 主人公はデビュー間もないころに、ビールのCMでウサギの着ぐるみを着てアイドル的に注目されたことがあった。だから、まったく売れないままというわけではない、「ああ、あのCMの」と言われてしまう存在で、つい見栄を張ってしまう。

 しかし、そんな昔のことは、いまでは何の武器にもならない。それどころか、同棲中の彼氏はお笑い芸人ながら稼ぎはなく、主人公に頼りきり。クチばっかりのハズレな男と暮らしている。

 生活を切り詰めるために、カップ麺の焼きそばを食べる場面が何度も出てくる。
 チョイ足しで、チューブの生姜を混ざると美味しい、というのをやっている。あまりに何度もチューブの生姜が出てくるので、一度試してみたくなるくらい。これって、サブリミナル効果なんだろうか。

 それはさておき、この映画を観ようかなと思ったのは、亡くなったお姉さんが仕事にしていたのが「泣き屋」だというのがポイントだった。

 泣き屋というのは、以前台湾の映画で知ったが、お葬式のときに声をあげて泣き崩れる会葬者を雇う風習があるそうだ。韓国や台湾では知られているものらしい。
 日本にもあったのかなぁ。なんで、若い監督が「泣き屋」を知っていたのだろうという興味からだった。(スタッフさんに教えてもらったところ、監督さんが高校時代に「変わった職業」を紹介するテレビ番組を観たのが発端だとか)

 映画の舞台となる、主人公の郷里は和歌山県の海が見える田舎町。姉のお葬式には、都会ではほとんど目にすることのない、金ぴかの霊柩車が使われたりして、親戚や近所の人があつまる。ここには、泣き屋さんは出てこない。

 姉が「泣き屋」をしていたことを知るのは、ずいぶん時間が経過してのことだ。ゆくゆくは自分の後継者にしたいと思っていたと語る中年女性から、姉の仕事振りを聞かされた主人公は、現場を見せてもらう。

 女優なんだから、泣けるわ。そんなふうに軽く思っていたのだろうが、泣き屋ひとすじのベテラン社長から、泣き屋の極意とその存在意味を説かれて、わけがわからなくなる。

 悲しみにくれる場を盛り上げる。きっかけをもたらす役割ながら、共感を呼ぶ泣き方はそうそう簡単なものではないというのだ。

 たしかに、競合する?地方のタレント事務所から派遣されてきた若い女性が「わたしも、ちょっとテレビなんかにも出ているのよ、あなたどこの事務職?」と探りを入れられる。トイレで出くわしたこの女性たちの泣き方が、あまりにハデで、これじゃ逆効果だろうというほどにクサイ演技を見せる。
 これほど女が号泣するって、亡くなられたダンナさんと訳ありなん?と疑念を周囲に振りまきかねない的な泣き方をして、たまりかねた主人公が立腹する場面がある。

 ヒロインを演じるのは、久保陽香さん。初めて知る女優さんだが、堪えて我慢して、だんだん眉が水平に寄ってくる顔の表情がすごくよかった。不機嫌全開という。

 怒る場面は何度も出てくる。大声をあげるわけでもない。その怒り方がすごくリアルなのだ。

 たとえば、ヒモみたいな存在にまで成り下がっていた彼氏が主人公を追ってきて、田舎の家に居座るのだが、これがどうにも気の回らない粗忽者(ダメ男を演じる役者さんが上手かった)で、姉が大事に残していた缶ビールを見つけ、ひとりでぜんぶ飲み干してしまっていた。

 姉は、妹の出たCMを録画保存していただけでなく、取材記事の切抜きをファイルにしていた。両親ならよくある話だが、口喧嘩の多かった姉というのがミソだ。

 空になった缶ビールはどれも、クシャっと握りつぶされていた。それを見て主人公は、無言で平手打ち、出ていけと言い放つ。
 その後につぶれた缶が映し出されるのだが、彼女の存在そのものが否定されたかにも見える。同時に他人からしたら、たかだか缶だろうとも見える。意味合いが深い。

 いや、平手打ちをするのはその前の別件で、このときは、オマエも食べるか、と差し出されたカップ麺を頭上からぶっかけるのだったか。いずれにしても、このときの眉根を寄せる顔が、美しい。

 そういえば、ひとつだけひっかかったのは、彼女がふだんは長い髪を垂らしていて、ストレートの長い黒髪に目がいってしまうのだ。
 姉が打ち込んでいた泣き屋に興味をもった主人公は、現場におもむくときには髪を束ねて、凛々しく見える。その一方で、長い髪を垂らしているときにはいかにもな美人にしか見えない。髪を上げた頬のラインがとてもキレイなのに、もったいなあな。主人公は、自分の本来のよさに気づいていないという演出的な暗喩なのだろうか。

 姉のやっていた「泣き屋」の仕事を体験しながらも、なかなか上手く泣くことのできない主人公だったが、最後に「泣き屋」というのは、これからの時代には存在意味が出てくるかもなぁと思わせる場面がある。

 ある日、姉のことを知っているお婆さんが、姉を指名して仕事を頼みたいといってくる。
 身寄りのない女性で、数日後、彼女の葬儀には主人公と事務所の社長ふたりが立ち会うだけだ。

 そこで主人公は、長年の知人のようにして涙をためて棺を覗き込む。
 号泣するわけではない。静かに涙をためて、寄り添う。

 前後の様子から、おばあさんの葬儀は近頃増えている「直葬」もしくは「火葬式」と呼ばれる、お坊さんの立会いもない、病院などから直接火葬場に運ばれて火葬にふされる簡易な葬儀だと思われる。
 
 いわゆる「孤独死」を覚悟していたからこそ、依頼者のお婆さんは、どこかで姉のことを見て、指名したにちがいない。

 誰だって、最期には誰かに見送られたい。そう思うのが正直な気持ちではないだろうか。
 大勢の人でなくともよい。哀しんでくれるひとが、ひとりでもいいからいてくれたら。そうした思いに主人公は、見ごとに応えていた。

 泣き屋を頼む。それは残された家族にとっての見栄なのか。故人の見栄なのか。たとえそうであっても、人生の最後にそれぐらい望んでもいいではないか。とくに、映画に出てきたおばあさんを目にすると、たとえ見栄だとしてもいいじゃないか。肯定する気持ちがわいてきた。

「泣き屋」という職業は、日本ではフィクションだと思うが、これからはこうした仕事があったらいいなあと思えた。

 映画には、姉が遺した小学生の男の子が出てくる。母と子の生活で、親戚は誰が引き取るのか会議を連日催す。そんなある日、母親の仕事着だった喪服を主人公が着こんで出かけようとする傍で、この匂いが好き、と男の子が鼻を近づける場面がある。お線香の匂いね。主人公が答える。とてもいいシーンだった。


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インタビューライター・朝山実 近著 『父の戒名をつけてみました』(中央公論新社) 『アフター・ザ・レッド 連合赤軍兵士たちの40年』(角川書店) 『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP社)etc. 不定期連載 「日刊チェンマイ新聞」"朝山実の、という本の話" http://www.norththai.jp/