わにわに

朝山実が、読んだ本のことなど

いましろたかし、と、アレクサンダー・ペイン …… 受け入れるということについて

【わにわに書庫】

『ぼけまん』いましろたかし、から、(KADOKAWA)

ぼけまん (ビームコミックス)

 

ネブラスカ』(アレクサンダー・ペイン監督)という映画を観た。100万ドルをもらいにコロラドからクルマで遠路を出かけていく老父と息子の話だ。

 やめなさい、見え透いた当選詐欺の手口だと、妻や息子たちが止めようとするのだが、父親は頑固。歩いてでも行くと、高速道路を実際に歩いているところを警察に保護されるところから始まる。トシもトシで、アルツハイマーを疑われたりもする。

 この映画、美男も美女も出てこない。それどころかコドモもペットも。いいね。息子といっても独身の中年だし、だれもかれもがドヨーンとしている。希望がない。老いてゆく夢の国。

   全編モノクロなのだけど、あとになってそういえばそうだったな、というほど、それくらい沈んだハナシなのだが、いいかんじなのだ。

 途中、ふたりは何十年も帰っていない故郷に立ち寄る。伯父の一家には、失業して家でブラブラしている太ったふたりの従兄弟がいて、コロラドからここまで二日もかかったと息子のデイビッドが言うと、彼らは揃ってバカにする。俺なら数時間さ、なのにコイツは二日かよと。ありえない時速で、コドモの自慢みたいなもの。

  会ったからといって、これといって話題はない。居間で全員が黙ってテレビを見ている。いまクルマは何に乗っているというくらいで、息子のデイビッドがイスズというと、なんで国産にしないんだという。テレビの側から、リビングにみんなが座ってこちらを眺めて、ただ時間をつぶしているアングルが印象的だ。

  これに限らず、昔は父も自動車の修理工場をやっていたなど、クルマに関する話がよく出てくる。テレビを全員で囲むという画と、話題に窮してクルマの話をするというのは、栄光と衰退を表してもいる。

   故郷でも、旧友と再会した父はクジに当選した話をする。周囲の目は一変する。昔、困っていたときにいろいろ助けてやったのだから、そのぶんを返してもらおうというのだ。恩を着せる、小を大にして。

   なかでも、父が常々、金を返したまま返してもらっていない旧友として語られてきたエドは逆に、おまえの親父には金を貸したままだという。大金を得たのなら利子をつけて1万ドルの返済を迫られる。

 ぼんやりとした顔の父親は、エドに、困っているなら貸そうかとポケットから40ドルを出そうとする。会うまでは、ヤツにあったら金を返してもらわなきゃと息巻いていたにもかかわらず。もちろん、エドはせせら笑う。

   すでに昔の話。もはやどっちが借金をしたのか定かではない。ただ、父は、旧友に再会したことをいささかも喜んでいるふうではない。ジャイアンのび太みたいなものか。若い頃はふたりで工場をやっていたというが、その態度から父はエドに愛想をつかしていたのだろう。

   父たちが結婚後に町を出て以来、老いるまで足を向けようとしなかった理由もなんとなく伝わってくる。そうした詳細を語らないところが、モノクロの映像とマッチしていていいところだ。

 うんざりだなぁ、もう面倒をおこさないでくれよ、オヤジ。それまでは、厄介者に思っていた息子だったが、昔を知るひとたちから、朝鮮戦争のときにはパイロットとして従軍し帰還後に酒びたりの男になったこと、母のほかに恋したひとがいたことなどを聞かされる。そこで

父を知るというスジだてで、ちょっとわが父と重なるところもある。

 この映画、億万長者騒ぎにいちばん驚いているのが父親というのが面白い。蜜にたかる蟻のように、シアワセを分けてくれて当然と近隣のものたちがやってくる。強盗にも遭う。息子が、これは当選詐欺なんだと言っても、「ウソはいけない」と信じない。

   それに対して、父親が口にするのは、当選したらトラックと空気圧縮機(コンプレッサー)を買う。とっくにリタイアした酒びたりの老人なのに、もう一回修理工場を始めたいというのだ。

   そのトシで、とツッコミたくなるが、まわりが目の色を変えてしまっているのに対して、百万ドルの残りには興味を示さない、父親の素朴な夢がコントラストをなしている。

 にしてもよくわからなかったのは、当選詐欺のシステム。結局、親子は件の会社に到着。いたのは中年の女性スタッフひとりで、パソコンを検索し、番号が違っていると言われる。

   うなだれて背を向けた父に、女性は、残念賞があるわと、キャップを渡す。「当選」と書かれたキャップを被る父親の表情がいい。しかし、詐欺の会社はわざわざ来させて、どうやって利益を出そうしていたのか。いまひとつ飲み込めなかった。

 

 ところで、いましろたかしのマンガ『ぼけまん』。疲れているときには、こういうバカバカしいのを読むと、楽になれます。ある男が60過ぎてヘンな薬を手に入れ、胸が膨らみ、女になる……のだが、人間が入れ替わったりするわけではなく、60過ぎのブサイクな女でしかないという、本のカバーにもなっている「第二の人生」なる短編。男も、だよなと納得する。受けいれ、60の女として生きようとする。30年連れ添った妻を亡くしたあとの選択がこれかいというハナシなのだが、それ以上でもそれ以下でもない。何かを主張するわけでもない。まあ、なくもなく、唐突に原発反対、秘密保護法反対のメッセージが掲げられたりして、あるといえばあるが。全編に漂う、ハンパなやさぐれカンがいい。そういえば、男の気難しそうなところはうちの父に似ている。困った親はドラマになるということか。

 

 

 

インタビューライター・朝山実 近著 『父の戒名をつけてみました』(中央公論新社) 『アフター・ザ・レッド 連合赤軍兵士たちの40年』(角川書店) 『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP社)etc. 不定期連載 「日刊チェンマイ新聞」"朝山実の、という本の話" http://www.norththai.jp/