わにわに

朝山実が、読んだ本のことなど

「母に欲す」を観て、若くしてといっても50代だけど妻に先立たれた父さんもツラいんだ、とおもう。だもので、後妻探しするんだろうな。

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もうやめよかな、と思っていたら、

「いいねえ、ワニワニ」と、電話をいただいた。写真家の鬼海さん。どこで、どうたどり着いたか聞かなかったが、深夜にすごいアクセスが記録されていたのは、そのためらしい。「面白いねえ」といわれたのは初めてで、反応に困った。連合赤軍のひとたちの話を少しして終わった。山荘の事件のあった頃はマグロ漁船に乗っていたという。

短い電話でも、一言で、生き返るくらい、うれしい出来事だった。おほめいただけたということは、あの鬼海さんの世界の住民て、ことなのか…。

ところで先日、『母に欲す』という舞台を観てきました。渋谷のパルコ劇場。作・演出=三浦大輔。さいきんエロチックな演出で有名になっているけど、これはそういうエロはないというフレコミだけど、主演の峯田和伸くん(銀杏BOYZ)が、冒頭からハンケツさらしていたし、パンツまでずりさげられてスッポンポンになったりする場面があるのは女性のお客さんが多いから、サービスなのだろうか。

女優さんの場合には「必然性」とかいわれるけど、いらないと言えばいらないし、笑いをとれるからあればいいかというぐらいで、つまりは演出家の好みってことかな。

田口トモロヲさんが出ているというので、観ておこうと思ったのだけど、峯田くんたちの「父親」役で、峯田くんが30前後の年齢設定だから、実年齢にちかいとはいえ、こういう父親役を違和感なく演じるトシになったのだなぁというのが、ハナシではべつにちょっと感慨深かった。もともと、ご本人は色のうすいひとで、役に自分を染めていくところのある役者さんだけど、会社と家庭で見せる顔が異なるいかにも「ニッポンのお父さん」というのが似合っていた。

ハナシは、ケータイを一週間も切っていたために、母が倒れたことも知らず葬式にも出られなかった長男と、田舎で両親と暮らし、東京でなにをしているかわからない兄貴にいらいらする弟。妻が死んだ直後は抜け殻だったのが、四十九日も経たないうちに水商売の女を家に連れ込んで、息子たちに「新しい母さんだ」といってしまう父親たちの話。その父親が、田口トモロヲで、息子たちが「ニュー母さん」と呼ぶのが、片岡礼子

トモロヲさんを見ていて、ああオヤジもそうだったなぁと思い出した。「ニュー母さん」ではなかったが、やってくる家政婦さんと何度もあやしいことになっていた。ふたりの姉たちは、いやらしい、お母ちゃんがかわいそうと眉をひそめていたが、イロコイよりも寂しさに弱いひとなんだなあというかぁ、弱さが痛々しくて、ワタシはなるべく見ないようにしていた。だから、たまにあっても父とはいっそう会話がなくなった。父が「どうしている。仕事はうまくいっているか」「まあまあ」と答えれば、ふたりはテレビを眺めるしかなかった。高校野球なんて、観るんだっけこのひと、とか。時間が過ぎるの待っていた。

 

舞台は、東京に出ていったものの、母親にお金をせびっていた。バイトしながら何か夢を追っているらしきその峯田くんが主人公なのだが、ニュー母さんの出現で、東京に戻るのをずるずると延ばして、最初は兄弟して拒絶していたのが、徐々にニュー母さんを受け容れはじめる。そこにいたる息子たちの変化が面白い。

最初は、うちは赤味噌だった、御飯はカタイのは食べられないとチクチクやっていたのが、白味噌もいける、ご飯もカタイのが美味しいというようになる。

片岡さんが演じる彼女は、遠慮深い女性という設定らしいが、メシに関するこの逸話を見るかぎり、なんだかんだいって、手ごわい女性だなあというのが印象だった。もっとそのあたりのメリハリがあってもよかったというか、舞台ではそういう色は抑えているのだけど、事実上の夫(田口)が怪我をして入院し、息子たちと三人の同居生活となったときに、夜、物憂げにタバコをふかすシーンが生めいてエロチックだったりする。

 

関係ないけど、うちの父が何人目かの家政婦さんとそういう仲になって、夏に母の墓参をかねて帰省した折、洗濯場の女物の下着が干してあるのを見たときに、いやなものを見た気がして、目を伏せたことがあった。当時、父は相変わらず、通いで来てもらっていて、そういう関係ではないと否定していた。

トイレに行くには、洗濯場を通らねばならず、だから父も気づいていたのか。あるいはかなりドンカンだったのか。「そういう関係ではない」と背筋を伸ばすかのようなきっぱりとした口調は、舞台の田口トモロヲに似ている。田口パパは、これからお前たちのお母さんだと、逆に威厳を示したのだが、うちの父と違い、意外と世間体の前にひるんでいくのだが。

こうしたワタシの感想は、舞台のテーマとはズレいるものだ。「母の愛情」とは何か。男は誰もが元来マザコンで、母親の手のひらでわがままをやりつくす、それを母はどう思っているものか、そんなことが話の核になっていて、最後の仕掛けで観客を泣かせるようにもなっている。というか、すこし涙しかけた。

でも。でも。三浦さんの描く母親像は、うちの母親そのもので、それじゃいかんだろう。おかんだって、もつと好きに生きてよかったんじゃないか。主張すべきなんじゃないかと、実際には自分が母にそう言えなかったぶん、いじいじ、ぐじぐじしてしまう。

そういえば、最初の暗転シーンで、峯田くんが高速バスに乗って実家に戻る、その車窓から見える景色を幕に映写していたのが、チクッときた。地元でちゃんと働いている弟の池松壮亮から、「ニイチャン、なんで新幹線乗らなかったんだ。なんで、ひよこ饅頭(買ってきた供え物が)なんだ」と問い詰められ、黙ってしまう。数千円の差だがバスを選ぶ。差額が東京銘菓に化ける。リアルだった。

 

しかし、チケットが7500円というのは高いなぁ。5000円超えると、さすがに。でも、舞台の凝ったセットとか、暗転の間にあっという間に変わっている見事さとかを目にすると、「おおっ、プロ」と見ほれ、そうも言えなくなるんだけど。すぐうしろの席の女のひとたちの会話で、こんどあれを見に行こうと声をハイにしているのを耳にしたり、観客の7から8割が女性だったのを考えると、ちょくちょく舞台を観る生活って、どういうひとたちなんだろう。

 

 

 

インタビューライター・朝山実 近著 『父の戒名をつけてみました』(中央公論新社) 『アフター・ザ・レッド 連合赤軍兵士たちの40年』(角川書店) 『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP社)etc. 不定期連載 「日刊チェンマイ新聞」"朝山実の、という本の話" http://www.norththai.jp/