わにわに

朝山実が、読んだ本のことなど

気づいたら"部屋もの"にはまっていました。

部屋もの本その❶

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 このところ「部屋もの」を好んで読んでいることに気づいた。
 小説だと、『三の隣は五号室』長嶋有『千の扉』『かわうそ堀怪談見習い』柴崎友香『高架線』滝口悠生『霧笛荘夜話』浅田次郎、あたり。
 漫画だと、『椿荘101号室』ウラヤマトモコ『ブリンスメゾン』池辺葵『100万円の女たち』青野春秋

 部屋ものが好きだという話をしていると、ひとからオススメいただいたのが旧作だけど『遠くにありて』近藤ようこ、とか、新しいのだと『大家さんと僕』矢部太郎、とか。
 マンション、アパート、団地、大きな民家に間借と住居形態は異なるものの「賃りて住む」という点が共通している。ウラの母屋が大家さんの家だったり、二世帯住宅の階下に大家さんが暮らしていたりするハナシが多い。

 ワタシがはじめてひとり暮らしをしたアパートは、環状線天王寺よりの駅から徒歩10分くらいところにあった。いまもあるのだろうか。1970年代当時ですら、鉄骨ながらかなり年数が経っていたからなぁ。風呂なし、トイレは共同和式、二階に8室だった。一階のひととはほとんど顔をあわさない生活で、家賃は向かいの二室を借りている一家のおばさんに毎月届けて、通帳に判を押してもらっていた。
 壁がうすく、隣の話し声が筒抜けだった。4年くらいいたその間に頻繁に両隣は入れ替わり、コンコン。扉をがらがらと開ける(引戸で鍵は各自で取り付ける)と、○号室の方のことで、とテレビドラマそっくりに警察手帳を見せられた。ふたり一組。ひとりは地味めの私服だった。一度だけじゃなかった。○号室もその都度別。

 隣室ではなかったが、顔をあわせると挨拶を交わす、健さんみたいなひとが印象に残っている。アパートではいちばんまともなひとに思えていたのだが、ある日、扉に取り立ての紙が貼られ、見るからに人相のよくないひとたちが日参しはじめた。

 別の一月くらいでいなくなった隣室からは、よくヤバそうな会話が聞こえてきたし。入れ替わりに入居したのは、物音ひとつ立てない老夫婦。けっきょく、そのひとたちの誰ひとりとして、素性を詳しく知ることもなくワタシは、次のアパートに引越しした。

 10回くらい引っ越してきたなかで、大家さんが隣だったり、知り合いが大家さんだったりというケースが半分。いま思えば結構な確率だ。後に代議士になった大家さんもいて、国会中継で見かけるたび、ああ大家さんだ、としばらく眺めてしまう。
 現在の四部屋しかないマンションも、階下には大家さんが暮らしている。出かけようとして顔を合わす頻度が高い。前の道路を掃除したり、入り口の小さな花壇の入れ替えをしたり。お出かけですと聞かれ、はい。昔はそんな簡単な受け答えがすごく苦手だったのだけど。
 大家さんは商人なのに、いっこうにわたしがどこの出身かを覚えようとはせず、天気の話のついでに、郷里はどこですか?と聞かれる。そういうのは楽だ。

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「部屋もの」を読んでいて、面白いと思うのは、大家さんが近くに暮らしている場合だ。そのものズバリの『大家さんと僕』は、お笑い芸人カラテカの矢部さんが暮らす二世帯住宅の生活を描いたエッセイマンガだ。
 大家さんは、独居の老齢女性で、新宿の伊勢丹までタクシーでタラコとかを買いにいく。一緒についていった矢部さんが、ボクもと値段を見ると一個2000円。あわてて、やめてしまう。というくらいのお金持ちの大家さんはふだんテレビを見ないので、矢部さんのことを「俳優さん」だと思い込んでいる。

 気品のあるおばあさんで、あれこれ話しかけられ最初はめんどくさいと思っていた矢部さんだったが、だんだんとうち解け始める。一緒に伊勢丹にご飯を食べにいったりするまでに。

 矢部さんと大家さんは、「孫と祖母」くらいに離れている。「若さ」でいうと矢部さんがダンゼン優位な関係にあるのだが、「懐具合」では逆転する。何しろ伊勢丹に買い物にいくと店員さんが次々と大家さんに挨拶に出てくる。
 大家さんは、矢部さんに、早くいい人ができるといいわねと言いながら、矢部さんが「おばあさん」と口にすると機嫌を悪くする。心はまだまだ乙女である。世間に媚びたりもしていないし

 若いけど貧乏な矢部さんと、裕福だけど老後の不安を抱える大家さん。矢部さんの部屋は、亡くなられた弟さんが住んでいたという。不動産屋さんからも「ご高齢なので、何かあったらよろしく」と言い添えられる。実際、後半、大家さんが入院し、家に戻るのは不可能と思えてくる。ここからの展開が、このタイトルならでは。何かを「欠く」というのはよくないものだと考えがちだが、「欠くからこそ」もたらされるものはある。たぶんある。あるかもしれないと思わせる。

 大家さんとの関係でいうと『高架線』も面白い。老朽化したアパートの賃貸人たちは、先代の住人から部屋を斡旋されてきた。大家さんは、出ていく住人が連れてきた新たな賃貸人と面談し、契約書を交わす。それだけ。
 大家さん夫婦は、西武池袋線東長崎駅が最寄り、月3万円×4室の家賃を頼りにしていて、住人が出ていくときには次のひとを紹介することを義務付けている。住人たちも、大学のクラブの後輩を紹介したり知人を紹介したりする。義務というほどではないのかもしれないが、代々そういうふうに部屋の住人はつながってきた。そして、ある住人が失踪したときには、部屋を出て何年も経っているというのに、あのひとのことで、と大家さんから電話がかかってくる場面がある。
 どうにかしてほしいという。なんなら、あなたがまた住まないかという。やむなく、電話を受けたかつての住人は、失踪した男の捜索をはじめる。

 おもしろい。なさそうで、ありそうだ。よくもこういう設定を考えつくものだと、作者の滝口悠生さんに「週刊朝日」で著者インタビューしたときに、どこからこんな奇妙な賃貸関係を思いつくのか、いま住んでいる部屋について訊ねてみたら、そのものイコールではないが、こういう話をしてくれた。
 借りている現住居は二世帯住居の階上部分で、下は大家さんの老夫婦。最初は不動産屋を通して借りたものの、二年ごとの契約更新がいつしか曖昧なままに何年にもなるという。「もしものときは」といわれ「なんだか出にくくなってしまっている」と笑顔で話されていた。

 不動産屋さんに聞くと、最近は部屋を借りるには保証会社や保証人を求められるのがフツウだとか。わたしも、いまの部屋を借りる際、迷ったもう一つの物件は、保証人と保証会社をダブルで要求された。高齢の独身者である。しかもフリーランス。きわめて立場が弱い。大家さんの側に立つと、危惧する心理もわからないではない。で、いまの大家さんは、保証人だけでいいよと言い、そうした情報もすっかり忘れている。面白いなぁと思う。


 もうひとつ、『高架線』が「部屋もの」として面白いのは隣室に暮らす、あやしいイデタチの男の存在だ。いつもはラフなファッションで、たまに白の上下で決めて外出する。様子や言動から、そのスジひと? うわさでは映画の大部屋役者という説もある。みんな何をしているのかとは聞きだせないでいる。
 ある日、主人公のひとりが、男から、映画が好きなら『蒲田行進曲』を見なよ、ビデオをレンタルしてきたからさと声をかけられる。再生機がないというと、しょうがねぇなあ。自分の部屋に来なよと誘われ、入っていく下りがいい。

 同じ間取りだ、と思っていたのだが「違い」を発見してしまう。代々の主人公たちが住まうその部屋の浴室は、和式便所がついたユニット、しかもシャワーのみ。浴槽がない。しかも、場違いなほど広々としている。ヘンだけど、どの部屋も同じだと思い込んでいた。だが、男の部屋は一般的な浴槽に洋式トイレ。自分の部屋だけ? びっくりする。なぜ自分の部屋の浴室だけ変わっているのか。賃貸人ならずとも、知りたいところだ。
 そういうミョウな謎がこの小説ではスパイスになっている。というか、滝口悠生さんの小説の特色みたい。

 ほかの作品を読むと、なんで?というちょっとした日常の違和感がちょくちょく出てくる。あと、例の男の部屋には、やくざもんと断じたくなるようなモノは何もなかった。
 じゃあ、彼は何者なのか?

 シュミでやくざを気取っている中年男なのか。やはり大部屋役者なのか。

 最初は端役に過ぎなかった男が、読み終わってみると、主人公たち以上に忘れがたい存在になっている。男はけっこうお節介で、人助けをしようとし、あわてて階段を転落していくのも「蒲田行進曲」が重なり、面白い。

 読了して日が経つにつれ、老朽化したアパートを舞台にした『高架線』の面白さは、やくざなのか役者なのか謎なこの男が、何事もなければ希薄な集合住宅の人間関係を、濃密に強引につなぎ合わせていくあたりにある。と、いってもいいだろう。

 (この項、つづく)

2017のミステリーの収穫5冊

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週刊文春12/14号がポストに入っていた。
2017ミステリーベスト10が発表になっている。

わたしも国内部門だけアンケートに答えたけど、圏外の20位以内に三冊入っていたものの、10位以内には一冊もなく、何をナゾとして面白がるかの小説を愉しむポイントが違ってきているんだろうな。コメントも書いたけどムダになったので、ここに載せておきます。そうそう、『暴れん坊本屋さん』の久世番子さんのカットが面白かった。

 

1位
『月の満ち欠け』佐藤正午
信じがたい「真相」を信じ込たくなるのは、こまやかな生活描写の積み上げの功だろう。長い長い物語の牽引力は、冒頭の東京駅のカフェでの三人の何気ない会話のわずかな違和感。そこに作者の力技を感じる。

2位
『沈黙法廷』佐々木譲
県を隔て捜査班が競い合い、容疑者を絞り込む過程がリアルで、数多の「冤罪事件」の実況を読むようで鳥肌がたつ。一方、読者の心を掴んで離さないのは、不利を承知で被告が無実の手がかりを秘匿する。その理由を問うてゆく重厚なヒューマン・ミステリー。

3位
『僕が殺した人と僕を殺した人』東山彰良
異国で死刑を求める「殺人鬼」の少年時代へと遡る。「ぼく」と「わたし」、二視点の語りは「スタンド・バイ・ミー」のように甘酸っぽく、なぜ彼がと考えるほどに狂おしくてならない。作者ならではのクライムノベルだ。

4位
『いくさの底』古処誠二
起きてはならない、起こるはずのないことが起きてしまう。「戦場」は究極の密室!! 若い小隊長が山岳の駐屯地内で刺殺され、村民ばかりか自軍兵にまで疑惑の目が。一貫して戦争を主題してきた作者の心理ミステリー。

5位
『息子と狩猟に』服部文祥

死体を隠そうとする詐欺犯と、息子に猟を教えるために入山した父子。クライムミステリーと濃密な動物記、異種格闘技にも似た両者の合体が、未知なる知覚的興奮をつくりだす。

インタビューライター・朝山実 近著 『父の戒名をつけてみました』(中央公論新社) 『アフター・ザ・レッド 連合赤軍兵士たちの40年』(角川書店) 『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP社)etc. 不定期連載 「日刊チェンマイ新聞」"朝山実の、という本の話" http://www.norththai.jp/