わにわに

朝山実が、読んだ本のことなど

「おクジラさま」から考えてみる

『おクジラさま ふたつの正義の物語』佐々木芽生(集英社)

f:id:waniwanio:20170928113503j:plain


 映画『ザ・コープ』で世界の注目を浴びた紀州南端の漁師町・太地町にニューヨーク在住の日本人女性ジャーナリストがカメラを持ち込んだ、ドキュメンタリー映画『おクジラさま』の舞台裏を綴ったノンフィクションだ。
 
 捕鯨を生活の糧にしてきた漁師たちと、「野蛮だ、イルカを殺すな」と訴える保護団体の外国人活動家人たちが、小さな町でぶつかりあう。『ザ・コープ』が反捕鯨の立場から撮ったメッセージ映画なのに対して、『おクジラさま』は両者の言い分に耳を傾けようとする。諍いの根本にあるものが何かを探り出そうとする。一方に与しないでおこうとするほどに監督である著者が迷いの渦の中にはまりこんでいく様子は、本ではより詳しく、「米国に住む日本人」という所属が複雑で曖昧な立ち居地もあって面白い。

 わたしは本のほうを先に読んで、映画を観に行った。だから、映画の流れはすでに知っているわけだけど、映像ならではの面白さは、反捕鯨団体の外国人に向けて街宣車からカタコト英語で対話を呼びかける地元の政治団体のオジサンだ。(カバー絵の中心あたりに描かれているスキンヘッドの人物)
 街宣車から降りてきた彼は、一見して右翼っぽい「戦闘服ファッション(ちょっと穏やかめ)」で、英語が話せない彼は、あなたたちが本気で捕鯨をやめさせたいと考えているのなら、漁の許可を出している県知事と話すべきだ。その仲介を自分がとりもってもいい、という趣旨のことを、英語の先生に教えてもらい、彼はカタカナ書きした紙を読み上げる。
 怒鳴ったりすることはなく、外国人の活動家たちに彼はフレンドリーに笑顔を見せながら語りかけている。もちろんカタコトで。政治活動とは別に仕事をもっていて、手伝いの若者とふたりで活動をしているらしい。「右とか左とかじゃないんだ。そういう考え方は古いんだ」という。話し合うことが大事なんだと。

 こういう「右翼」もいるのだ!?と先入観が揺さぶられ、もちろん「右翼のひと」にもいろいろいるのは当たり前で、そういうことについ鈍感になっていたことに気づかされる。
 とにかく、よく知らないで「こういう人たち」とひとくくりにしてきたことがわかる。現実はこんなにバラエティに富んでいる。いろんなひとがいる。そういうことを知るきっかけを与えてくれるという意味では、この映画のツボはこの右翼の彼だろう。
 県知事と反捕鯨団体との対話こそ実現しなかったものの、彼は「地元町長と漁民vs反捕鯨団体外国人活動家」の公開討論の場を設ける。その場の仕切りがバラエティショーを見ているようだった。

 まず、会場への外国人活動家たちがやってこようとする。「反捕鯨vs漁民」のガチ討論という初の試みに、大勢のメディアが詰めかけ、入り口前で待ち受けている。拡声器越しに、右翼の彼は取材陣に事前に警告する。反捕鯨の外国人に殺到しないように、と。最初は穏当な注意だったのが、守ろうとしないのを見て「おい、そこ、空けんかい!!」と怒鳴り上げ、身体を張って阻止し、カメラが壊れても知らんぞ、と脅しあげる。ヤバイ場面なのだが、不思議なくらいこの右翼の彼が頼もしく見えてくるのだ。
 劇場のあちこちで笑い声がしていた。おそらく、あの場所にもしも自分が居合わせていたとしたら、怒鳴られる側のひとりであったかもしれないのに声をあげて笑っているジブンがいる。映画って、面白いもんだなと思う。

 本を読んでいる最中もそうだったが、映画を観ていて、著者がそうであるようにわたしも揺れうごいた。記憶をたどれば小学校時代の給食で、クジラのカツやケチャップ味の煮込み肉はご馳走だった。当時は偏食がきつくて、牛も豚も鶏肉も食べられなかった。唯一食べることができる食肉が鯨だった。いまでもクジラは大好物だ。食べられなくなったけど。
 だからクジラに知性があるからという理由で、牛や豚や馬は許容して「捕鯨反対」を唱えるひとたちにはもともと違和感がある。いっぽうで、映画にも出てくるが、水族館で人懐っこいイカルのしぐさを目にすると、ビミョウな心理にも陥る。馬を見てもそうした思いを抱いたことがあるから、個人としてはすすめられても馬肉を食する気にはならないんだけど。

 本を読んではじめて理解したことのひとつに、イルカとクジラは同じだということだ。イルカは80種類以上いる「鯨類」に属していて、おおまかに体長4㍍以下の鯨を「イルカ」と呼んでいる。えっ!? と思ったのはわたしだけではないと思う。
 それまで「イルカを食べるの?」と思っていたが、イルカとクジラの境目は「大きさ」だとなると、イルカを食べるの?という目でみながら、潮を噴き上げる大きなクジラに対しては「美味しい」「食べたい」と思うジブンのいいかげんさに、もやっとしてしまう。

 著者の揺れもまた「線引き」することの前で起きている。副題にある「ふたつの正義の物語」は、クジラをめぐって対立するそれぞれの言い分に耳を傾けていくと、それぞれに「正しさ」があり、「正義」を押し立てると和解の道が見えなくなるということが「おクジラさま」を通して見えてくる。

 佐々木さんは、エピローグにこう記している。
和歌山県の小さな町で起きている紛争を見ながら、戦争とはこうして始まるのだと思った。世の中には、実に多くの正義が存在し、正義同士が至るところで激しくぶつかり合っている。国際政治のような大きな舞台においてだけでなく、地域社会や組織の中で、あるいは友人同士や家庭の中においても。/(中略)私が太地での衝突から学んだのは「正義の反対は悪ではなく、別の正義」ということだった。》
 そして、「嫌い」な相手を排除するのではない。理解はできなくともいい、「嫌い」のままでいいから、「共存」しようとする道をさぐりだすことを考えたい。それが映画に関わった7年間で得たものだとしている。

『三里塚のイカロス』監督の代島治彦さんを「ウラカタ伝」でインタビュー

【お知らせ】

f:id:waniwanio:20170916194006j:plain

 

「ウラカタ伝」というブログで、『三里塚に生きる』につづき、『三里塚のイカロス』を撮られた監督の代島治彦さんをインタビューしました。
三里塚」は現在の成田空港の千葉で、1966年、国の一方的な政策決定に対して「農地死守」を掲げ、空港建設反対闘争を行った農民たちと、機動隊を前面に押しだした強制代執行の暴虐ぶりに怒りを感じたひとたちが支援に加わり、運動が高揚したのは70年代のこと。前作の『生きる』では、50年後のいまも現地で農業を続けるひとたちを映した映画でした。ロードショーが始まった新作『イカロス』は、運動の衰退とともに土地を売り移転していった人たちや、当時支援として戦いに加わったひとたちの「その後」をとらえています。忘れ去られた場所にカメラを持ち込み、何故それぞれの「その後」を撮ろうとしたのかを問いました。

 

waniwanio.hatenadiary.com

インタビューライター・朝山実 近著 『父の戒名をつけてみました』(中央公論新社) 『アフター・ザ・レッド 連合赤軍兵士たちの40年』(角川書店) 『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP社)etc. 不定期連載 「日刊チェンマイ新聞」"朝山実の、という本の話" http://www.norththai.jp/