『いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件』大崎善生を読む
お蔵入りした書評
『いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件』
著者は『聖の青春』などで知られる小説家で、07年に起きた拉致強盗殺人事件のノンフィクションだ。
犯人たちと被害者には何の接点もなく、男たちは「闇の職業安定所」と呼ばれるインターネットの闇サイトで知り合い、三日後には事件を起こしている。
全13章中、2章分を割き、共犯者四人の三日間を再現。虚勢を張り合う男たちの無軌道ぶり、残虐性に慄然とさせられる。
しかし、よくある事件ものと異なるのは、男たちの生育環境や出生を遡ることはせず、本書の大半を31歳にして前途を断ち切られた女性にあてている。「生まれ変わったら、空とかになりたい」と友人に明るく語っていた、磯谷利恵さんの一生だ。
残されたブログや母親らの回想などから母子家庭に育ち、進路に悩み、囲碁を通して出会った男性に心を弾ませる。「平凡な日々」を丁寧に映しだすことで、失われた存在を印象づけている。
今年読んだ「弔い」の本、8冊
2016、今年読んだ本の中で、「弔い」をテーマにしていて印象に残った、8冊。
『煙が目にしみる 火葬場が教えてくれたこと』
ケイトリン・ドーティ 池田真紀子・訳(国書刊行会)
葬儀会社に就職し「火葬炉」の担当になった若い女性の職場体験記。
米国は土葬だとばっかり思っていたが、近年は火葬も増えつつあるらしい。とはいえ。まだまだ少数派で、だからこそドラマっぽいエピソードが綴られる。火葬増加の背景には経済事情が関係しているらしく、日本の「直葬」と似通ったものを感じる。
おじいちゃんが遺していったノートから、小学生の孫が想像をめぐらす絵本。
おじいちゃんは、自分が死んだあとのことをどう考えていたのだろうか? ジゴクってあるんだろうか? いつもながらヨシタケさんの絵は味があっていい。
『葬送の仕事師たち』
井上理津子(新潮社)
取材なんていうとかえって入れない火葬場の職員さんにインタビューし、遺体が焼かれていく炉の中を見ているのがすごい。
『死者を弔うということ 世界各地に葬送のかたちを訪ねる』
サラ・マレ 椰野みさと・訳(草思社)
父親の死を契機に、世界各地の葬送を取材して歩くノンフィクション。
日本にいると、お坊さんを呼んでお経を唱えてもらって、というのを当たり前に思っているが、こんなにいろんな葬送があるものだとびっくり。とくにガーナでオーダーメイドのポップな棺桶(ケータイ電話だとかヒコーキの形だとか、デパートの屋上の遊戯具みたい)を作っているというのを知って、なんじゃろう?となった。
サラ・マレさんの本を読んで気になっていた、デコレーション棺桶。なんと発注してみた日本人の女性のレポートで、ぐっと「マイ棺桶」が身近になった。「葬送」のイメージが揺りうごかされる。
『無葬社会 彷徨う遺体 変わる仏教』
鵜飼秀徳(日経BP社)
「遺体ホテル」「散骨島」といったコトバにドキッとするが、葬送の現場を取材したルポ。
大都市の火葬場はたいへん混みあっていて「数日待ち」というのは常識だとか。順番を待つあいだ「ご遺体」を安置しておくための施設として登場したのが「遺体ホテル」で、発案した元ホテルマンのオーナーのインタビューで先入観がかわる。
『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』
宮川さとし(新潮社)
葬儀の日から書き起こされる、生きているときはお節介がわずらしいと思っていた母親がガンであっという間になくなるまでと、葬儀のあとの日々を綴った実話マンガ。
いろいろあって再読した共感の書。
1998年の是枝監督の同名映画を自身で小説にした本。
死んだ人たちが一週間、廃校を利用した施設に滞在。「あなたの人生の中から大切な思い出をひとつだけ選んで下さい」と面接官にいわれる。映画で所長を演じていたのは谷啓さんだった。なかなか選べずに誰かもが迷う。いつも読み返してジブンなら何を選ぶんだろうか、選べるんだろうか、と物思いにふける。職員たちはジツは…というオチでラストがいい。『映画を撮りながら考えたこと』という是枝さんの回想録を読んで、今年もまた読んだ。
(選・朝山実)